スピリチュアルな視点で悩みを解決する

感情 コントロール
貴方は、精神世界やスピリチュアルと聞くと、どんな風に思われるでしょうか?

「怪しい」

「そういうのもあるんじゃないかな」

「熱狂的に信じている」

色々な考え方があると思いますが、スピリチュアルな視点で現実世界の事を見ると、色々な悩みを解決する事が出来ます。

自分の将来が不安。

死ぬのが怖い。

一人になるのが怖い。

何かを失う事への恐怖。

僕は、特に宗教的に何かを強く信じている訳でもありませんが、何故か不思議と

「全ては何とかなる」

っと言う感覚が常にある状態です。

勿論、全く悩まないと言うわけでは無いのですが、昔の自分に比べたらほぼ悩んでないに等しい状態です。

こんな僕も、スピリチュアルな世界がある事を知らなかった時は、何を自分の人生の指針にし、信じたら良いのか分からず、悩んだり、人に依存したり、将来を強く不安に思ったり、恐怖で頭がいっぱいになって居たりしていました。

しっかりスピリチュアルとして知識が入って来たのは、父と母を亡くしてからですが。

それ以前から、幽霊が出て金縛りにあった時は、お札を作ったり、他の人が話している不思議な話や、見えない世界の話なども、疑うことなくすんなり受け入れて居ました。

僕は、小さい頃から見えない世界、不思議な世界と言うのは、何となくある物っと漠然と信じて居ました。

なので、正直に言うとスピリチュアルな世界や、見えないエネルギーの世界、不思議な事がある事を全く信じられないという人達の感覚が信じられないのです。

見えないエネルギーの世界を信じられない人は、儚く消えたり変わって行く、この物質世界で「何を信じ」「何を頼りに」生きて居るのだろう?っと思うと、生きて行ける事が不思議でしょうがないのです。

見えないエネルギーの世界を信じられなかったら、かなり生きて行くのは辛いはずです。

その理由については前回のブログ記事でもお伝えしましたが
関連記事 人生の目的を生きる意味にはしない事

物質的な物しか信じられないと言う事は「全て儚く消える物」しか心の拠り所に出来ないと言う事だからです。物質世界にある物は、永遠に存在するものはまずほぼ、ありません。

いずれ、消えてなくなる物を心の拠り所にすれば、必ず「失う恐れ」が出てきます。

それが「将来の不安」だったり「死ぬのが怖い」だったり「大切な物を失う恐れ」だったりして現れるわけです。

見えない世界は、意味を与えた通りに動く

スピリチュアル
見えないエネルギーの世界は、失う事や消える事がありません。あなたが信じようが、信じまいがあなたのそばで、あなたが意味を与えた通りに動き続けます。

意味を与えた通りに動くと言う事は「そんなものあるはずがない」っと意味を与えた人には「そんなものあるはずがない物」に変わります。

例えば、あなたが「この世は意地悪なやつばかり、生きていたって楽しい事などない」っと意味を付ければ「この世は意地悪なやつばかりで、生きていたって楽しい事などない」っという現実を与え続けてきます。

これは昔、経験した出来事ですが、仲の良かった友達が、波長が落ちている状態だった時、一緒に遊びに出かけた時の事ですが。

友達は「通りすがりの人のネガティブな言葉」「近くにいた人の、悪い行い」ばかりに目が行ってしまい、それに対しての愚痴や、不満ばかりを言って居たのです。

僕はその時、同じ場所に居ましたが、友達の目が行く「通りすがりの人のネガティブな言葉」「近くにいた人の、悪い行い」には目が行かず。そばで起こった「楽しい出来事」や「面白い出来事」に目が行って、その事を友達に伝えたのですが、その話をしても友達には届きませんでした。

それは、物質的には同じ空間に居る筈なのに、まるで違う場所に居るかの様な感覚でした。

この様に、同じ空間に居たとしても、ネガティブな現象に繋がりやすいか、ポジティブな現象に繋がりやすいかで、その人の居る場所は全く変わってきてしまうっと言うのが、見えないエネルギーの世界の現象です。

そして、それはその人が与えた意味の通りに動くのです。

意味を与えた通りに動くのであれば、良い意味を与え、良い現実を引き寄せた方が得策だと思いませんか?

永遠に存在すると言う恐ろしさ

 

スピリチュアル
貴方は死んだら終わりだ、っと思って居ますか?

消えれば楽になると思って居ますか?

残念ですがそれはあり得ません

死んだら天国に行くと思って居ますか?

幸せになれると思って居ますか?

それはこの世の行い次第なのです。また以前のブログで類は友を呼ぶっと言う話をしたような気がするのですが、死んでも同じ波長の人達が集まります。

なので、生きている内に自己浄化を進め、自分の波長を高めておかないと、良い人は周りに全く居らず、意地悪な人ばかり集まる場所に行くことになります。しかもかなり長い年月です。

っと言うか時間と言う概念も無いですから「永遠」と言ったほうが良いのかもしれません。

それを何とかする為に魂を分裂させて、この世に何度も生まれなおす訳ですが。大体の人が、自己浄化の事も知らないまま気付かずに死んでいきます。

僕が見てる限りでは、この世で地獄に居る人達は自分が地獄に居る事を自覚して居ません、可哀想な話ですが、もしかしたらその方がその人には居心地が良いのかもしれません。

悪口を言って精神の安定を図っている人が、悪口の言えない人ばかりの居る所に入り込んでも精神的に安定は出来ないでしょう。同じ波長の人を集めると言うのは救済措置なのかもしれません。

死んでも、生きていた時の地獄の状態が延々に続く世界に行くなんて、僕は考えただけでも恐ろしいです。

そうゆう意味では、物質界の「消えてなくなる」っと言う現象は、ある意味優しい世界なのかもしれません。

僕らの「魂」は消えて無くなる事が無い永遠の存在であると、漠然と分かると、消えて無くなる「物質」に対して強い執着が無くなります。そうすると必然的に失う恐れは消えていきます。

この様に簡単に言っていますが、人は「信じる」っと言う事が結構、難しい作業で、僕もストンと落ちる位まで、当たり前っと思える様になるまで、かなり長い年月を苦労しました。

生きていると、波長と言うのは上がったり、下がったりします。上手く波長が上げられても、何かの拍子で落ちてしまうと、今まで分かって居た事が、全く分からなくなったりします。

精神世界は感覚の世界ですので。頭で理解しようとしている内はまだまだ信じていないのと一緒です。「何となく漠然と分かる」っと言う所まで持って行かないと、安定は掴めません。

なので、普段の僕はスピリチュアル的には人を諭したりはしません、何故なら準備の出来ていない人に、どんなに色々言った所で、理解できないからです。

結局「幸せになるかどうか」を決めるのは、その人自身の選択に掛かって居る事なので、僕がどんなに色々言った所で本人にその気が無ければ無駄な事なのです。

その人が「変わろう!」っと心の底から願った時、その時がその人の変わるべき時なのかもしれません。


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