第三章 父を牢獄へ送った日

父が病気である事を知り、東北に戻ったのは九年ぶりだったかもしれません。

僕は故郷に良いイメージがありませんでした。小学校、中学校時代は学校でいじめがありましたし、専門学校を出てからは、母方の親戚との揉め事、友人からの裏切りも何度も経験しました。なので故郷に帰りたいと言う思いがあまりなく、故郷には殆ど帰る事はありませんでした。

父と会うのも本当に久しぶりで、以前に会った父とは全く変わっていて、すっかり痩せこけて居ました。僕と父は、焼肉屋さんで昼食をとり病院へ向かいました。

僕は、父の病気が肺がんである事を病院から知らされていて、もう助からない事も知っていました。ただ、このまま父を放って置くと何処に行くか分からない人なので、消息不明になって、どう亡くなるか分からない状態が放って置けなくて、最期を病院で看てもらいたいと思い帰省したのです。

その後、入院中の父を家に一度帰してあげたいと、何度か故郷と東京を行ったり来たりしていましたが、暫くして仕事中に病院から連絡がありました。

父が病院で問題行動を起こしており、普通の病院では手に負えないので精神病院に入院させてほしいっと言う話でした。

僕はその話を聞くまで、父が精神に病を持って居る事を全く知りませんでした。

その後、父は夜中に病院を徘徊し階段で転び、頭を怪我をする事になります。このままでは危険であると判断された父は、精神病院への転院が急がれました、父は薬で眠らされ救急車に乗せられ故郷では有名な精神病院へ移送されました。

僕はその時、精神病院と言う所がどんな所なのか、全く分かって居ませんでした。病院に入ると、手作りの折り紙で飾られた明るい雰囲気の病室があり、こんな所なんだなっと安心して奥へ入っていきましたが、どんどん奥へと進んでいくと病院の様子が変わっていき、物々しい、鍵がないと開けられないエレベーターに乗せられ、案内されたのは、重度の精神病患者が隔離される閉鎖病棟でした。
窓には鉄格子が掛かっており、奇声を上げる男性、意識が飛んでいて急に暴れだす男性、それを力ずくで壁に押さえつけて制止する白衣を着た看護師、目に映るすべてが地獄の様に見えました。体育館のような閑散とした空間にベッドが沢山並べられているだけの、生活感のない空間。僕は、病気で体の弱っている父をこんな牢獄のような所に入院させるのかと思ったら、すっかり動揺してしまい、入院手続きの話し中も涙が止まらず、まともに話を聞ける状態ではありませんでした。

しかし幸いな事だったのかもしれません、父は閉鎖病棟に長く居る事はありませんでした。すぐに体力が落ち、寝たきりになってしまったので、医療行為が行える元の病院に戻ることになりました。元居た病院が本当に普通の空間に見えて、心から安心したのを覚えて居ます。

それから一か月が経った頃。父方の親戚から父が亡くなったっと連絡があり、直ぐに東京から故郷に帰りました。

葬儀が終わり。全てが落ち着いた頃、僕はずっと心の重荷になっていた、父親の残した問題にメスを入れることになります。

それは、父の知らなかった部分と向き合う作業でもありました。

第四章 父の残した一つの段ボール箱