カルマ「業」について

ハイヤーセルフ最近、っと言うか少し前あたりから自分でブログを書きたくて書いてる訳では無く「書かされてる」なっと感じる事が多くなってきました。

正直「えー?こんな事、書いて良いの?」っと思う事もありますが、深く考えず「浮かぶままに書いています」

このブログの内容は、読みに来て下さる貴方へのメッセージでもあるのですが、書いている僕へのメッセージでもあるのです。

書いて居て「あー成程そう言う事だったのか」っと妙に納得する事も多いです。目標の100記事まで、後12記事となりましたが兎に角、浮かぶままにブログを書き進めたいと思います。

100記事書いたら、次の段階の準備の為、少し更新の頻度を下げさせていただきます。

本当に、どんな事があろうともブログを毎日一記事書く事がどれだけ大変な事か、身に染みて分かりました(笑)正直「書く事が無い」っと言うピークを通り過ぎている境地です。

今日は「カルマ」についてお話しします。僕も深い事は分かりませんが、どんな記事になるのか見守ります。

カルマについて

カルマ色々な情報から「カルマ」っと言う言葉を聞いた事がある人は多いのでは無いでしょうか?

「因果応報」「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」「人に与えた物が自分に返って来る」など色々な話がありますが、要はやってしまった行いに対しバランスを取ろうとする事っと言う話が、僕の中では一番印象に残っています。

天秤を思い浮かべてみてください、バランスよく均等になって居る天秤、そこで悪い行いをしてしまい、そのおもりが、片方の皿に乗っかったとします。天秤の重さが左右、同じにならなくなった時、人は無意識に均等にバランスを取る為、反対側の重り皿に同じくらいの重さの物を置こうとします。これが「カルマ」のメカニズムです。

例えば「人を殺してしまった人」が「人に殺される」っと言う行いによって均等にバランスを保とうとするのです。

この世に生まれて来た人で「私は潔白だ!何一つ悪い事をした事は無い!」っと言いきれる人は居ないと思います。

人を殺すっと言うのは分かりやすい例えで言いましたが、僕らは肉体に宿っている以上、肉体的制限を受けます。それは、ポジティブな現象だけでは無く、ネガティブな現象の経験も必然的にするようになります。

例えば「人を殺す事はいけない事」っと貴方は思って居ても実際に、人を殺す事は無かったとしても、憎い相手が出来て「死んでしまえ!」っと思ったことが全くない人は居ない筈です。

小さい事であったとしても、何らかの影響によって、誰かや、何かにネガティブなエネルギーを投げてしまう事は少なからずある事です。

そういう物が、ある日突然自分に返って来ることがあります。例えば道で突然「殴られた」とか、イキナリ「怒鳴られた」とか訳の分からない「嫌がらせ」を受けたとか色々ですが、そういう事はあるのでは無いでしょうか?僕はあります(笑)

カルマのポジティブな返し方

カルマ僕らの行いは、今生だけの物ではありません「前世」の行いも、僕らは清算する為に来ています。前世で人を殺してしまい、もうどうやってもバランスが取れないっとなると今生で「殺される」っと言う事で「一括返済」してしまおうとなってしまいます。

しかし、罪を犯した人は、同じ罪を受けなければいけないのか?っと言うとそう言う訳でもありません。バランスを取る為にネガティブな返済方法が一番簡単に思い浮かびますが、前世で人を殺してしまい、そのカルマがあるのであれば今生で「死にそうな人を助ける」っと言う事でも返済が可能なのです。

どうせカルマを返すのであれば、ネガティブなはねっ返りを受けるより、ポジティブな意思でカルマを返した方が、自分にも周囲にも良いはずです。

僕も小さい頃、飼っていたウサギを殺してしまったことがあります。これは、僕にとっての黒歴史ですが、その事をずーっと悔やんでいました。今でもウサギを見ると複雑な気持ちになりますが、その事で、僕は「自分には生き物を飼う資格が無い」っと思いそれ以降から生き物を飼う事をしなくなりました。

所がそのカルマのバランスは、突然起きた事で清算されました。

ベランダに「死にかけの子猫」が置いてかれて居たのです。僕はその猫を「助ける」っと言う選択をして寿命で亡くなる最期まで面倒を見ました。

そのおかげで「自分には生き物を飼う資格が無い」っと言う囚われが外れ、ウサギのカルマも解消する事が出来たのです。

他にも、祖母の面倒を見ずに東京に逃げてしまった事にも「後悔」がありました。そのバランスは今、介護の仕事をして、沢山のお爺ちゃん、お婆ちゃんのお世話をする事でバランスが取れました。

介護の仕事はしんどいのですが、お年寄りの世話をする事で自分の中で満たされなかったエネルギーが満たされて行く事を感じていた時期がありました。

中には、本当に跳ね返ってきたっと思う様なカルマの返り方もありましたが、大きなカルマはポジティブな返し方で返す事が出来ました。この事に関しては「ハイヤーセルフ」に感謝っと言う所でしょうか。

僕らは決めてきているらしい

カルマ僕らは、この世に生まれる時、この様な経験をして、この様に死んでいくっと大体大まかな設計図を携えて来るそうです「青写真」などともよく言われますが

その中で、変えられない所もありますが、運命として変える事が出来る事もあるそうです。

僕らは、沢山の転生を繰り返し「ポジティブな事」「ネガティブな事」を経験しながら「相手の身になって考える」っと言う「人の痛みの分かる」人間へと成長して行きます。

若い魂はまだ経験が浅いので「軽め」の人生を選んでやって来るそうです。

皆が「若くして死んでみる」「歳を取って体が不自由になる経験をしてみる」など、色々体を持って経験できる事を決めて居るとするなら

この世の事だけ考えると、この世界は不平等に思われるかもしれませんが、僕らは死んで無くなってしまう存在では無く、永遠に生き続ける「魂」の存在なので、平等に皆が一通り経験すると考えると、この世界は平等に出来ているのかもしれません。

その様に大きな視点から物事を見ると、この世界の見え方も少し変わってくるのかもしれません。


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