自分を愛する事とは

 

無条件の愛
僕のブログではよく「自分を愛する」と言う事について度々触れてきましたが、今日は特に掘り下げてこの事を書きたいと思います。

かなりスピリチュアルな内容になります。理解できなければ無理に読まなくて大丈夫です。あなたが、読める時が来たら自然と読めるようになる内容です。

この世の中に、「自分を愛する」っと言う事が、出来ている人はどれだけ居るものなのでしょうか?

僕は、ヒーリングの勉強をしに行った時、ヒーリングの先生からこの様な事を言われました。

「鏡を見ながら、自分に愛していると言えるようになると良いよ」

これは、自分を愛する為の基本的なワークだと思いますが、その練習会に参加した人達で「鏡を見て自分に愛してると言えない」っと言う人が結構、多かったです。

ひどい人は「鏡が見られない」と言っていました。

その言葉にどんな意味があるのかは、その人それぞれに抱える問題があると思うので一概には言えませんが、それだけ「自分を愛する」っと言う事は難しい物なのかもしれません。

いや、本当は「自分を愛する」と言う事はとてもシンプルで簡単な事なのですが「簡単な事を難しくしてしまっている」っと言ったほうが良いのかもしれません。

スピリチュアルな事は実にシンプルで単純です。

昔の僕も、問題を難しくしていました。「そんな簡単じゃない筈」っと言って。見えない物に対して、複雑な意味を付けて、頑張って信じ込もうとしていました。

簡単な物を難しくするのは、結構簡単なのですが「難しくしてしまった物を簡単にする」っと言うことは意外に難しい物です。

僕らは、この世界で生き残るために、多くの武装をしてきました。身を守るために、色々な知識を身に付け、辛い経験をするともう傷つかない為に、沢山の鎧を着こみます。それが心のブロックになり身動きが取れない状態になります。

自分を愛するっと言うと、どの様なイメージが浮かぶか分かりませんが「愛」っとは「恋愛」の様な物では無く「ありのままの自分を、ありのまま受け入れ、許し認める」っと言う感じの「無償の愛」の事を言います。

その感じは、武装した鎧を勇気を持って一枚ずつ脱ぎ捨てて、ありのままの自分を出す事っと言う感じでしょうか?

別のヒーリングの先生は、この事を「玉ねぎの皮を剥くように」っと表現していました。

僕達は、沢山の経験を積むことで無意識に心に沢山の、荷物を背負おうとします。これがどうしても「愛」っと言う物から心を遠ざけてしまいます。前世などの問題を引き継いできてる物もありますので、人はそれぞれ皆、複雑なエネルギー状態で生きて居るものです。

多くの武装、と鎧を脱ぎ捨てる事で、単純に「愛」だけの存在になれると、自分の周りに愛が溢れる様になります。

僕はこの事を「繋がる」っと表現したいと思います。「愛に繋がる」っと言う状態です。

愛で自分を包み込めるようになれば、鎧や武器は必要なくなる物なのです。

愛を自分の体に通す

光 柱
見えないエネルギーの世界は、意味を付けた通りに動くっと言う話を以前にしたことがありますが、僕の場合は、一番最初にヒーリングを教えて貰った先生の概念が一番強く残っていますのでその感覚が一番強いです。

しかし、ヒーリング一つとってみても、沢山のやり方、概念が存在しますので、僕の感覚は、一つの例だと思っていただけると有難いです。

僕は、今年全く新しいヒーリングの勉強をしに行きましたが、そのヒーリングの概念は、一番最初に勉強した、ヒーリングの概念とは、また違いました。

僕のエネルギーの感覚としては、足の裏と、頭のてっぺんから、天(宇宙)と地(地球の中心)のエネルギーが常に入って来て、出ている様なイメージです。この感覚を「光の柱」っと言っている人を見た事がありますが、正に「光の柱になる」っという感覚が一番近い様な気がします。

これは、僕が経験した事と言う事で、見て欲しいのですが、体の中心を流れ続けるエネルギーが、心にブロックがあると、ブロックのある部分にエネルギーが通らないので、エネルギーが詰まって苦しくなる、っという感覚がありました。

エネルギーが詰まってるっと言う事は、そこの部分のエネルギーが流れず滞っているっと言う事です。エネルギーの滞りは、病気などになって出て来ることがあります。

僕は昔、自分のブロックを外すため沢山の「許しのワーク」を行いました。自分の中で自分を許せるようになると。しこりの様に凝り固まったエネルギーが、溶ける様に流れていきます。しかし、ワークを始めたばかりの頃は、しこりが溶けると、また直ぐに次の滞りの部分が出て来るっという作業の繰り返しでした。

会社で働いて居た時、健康診断が定期的にありましたが、昔の僕は胸の詰まりが強かったようで「乳腺症」だと診断されたのですが、エネルギーが通るようになって、一年後に健康診断を受けたら「乳腺症」が無くなっているっと、先生に言われました。

「無くなる物では無いはずなんだけど」っと不思議がられましたがエネルギーが通るようになれば、これは不思議な話でも何でも無い物なのかもしれません。

「自分を許し認める」っと言う事をすると、体にまんべんなく愛が通るようになり、愛に繋がってゆくという現象が起きる様になるのです。

愛に満たされると、周りの人も満たされていく

愛
体の中心に愛が滞りなく通るようになり、自分が愛で満たされていくと、周囲に居る人達も同調し始めます。

人間と言う物は無意識に、影響を与え合っていますので。体に愛を通し「光の柱」っという状態まで持っていくと、その人の傍にいるだけで「癒されてしまう」っという現象が起こります。

昔、ヒーリングの先生の傍にいるだけで「心が癒される」っと言う経験をしたことがありますが正に、エネルギーが高まっている状態だったのだと思います。

ただし、その様な状態をキープするのが、難しいのがこの世界です。

例えば、「光の柱」の状態を作れたとしても、ブロックの強い人たちが、沢山いる所に入ってしまうと、多勢に無勢では無いですが「落ちる」っと言う事があります。

なので、愛の感覚を手にしたとしても、キープする為に何か新しいワークを始めたり、僕の場合は石を身に付けたり、落ちない努力も必要になります。

ただし、上がる、落ちるを繰り返して行く内に、だんだんと落ちるの「底」の感覚が高くなって行きます。僕も、今でも落ちる時は、落ちますが、昔の自分に比べると「落ちてない」に等しい位、落ちる「底」の部分が、上に上がってきています。

この世に居る、っと言う事は「課題がある」っと言う事だと思って居ますが、まだまだ僕も「愛」の存在に近づく為の途中の段階なのだと思って居ます。

ひどい時は、分かっていたはずの事が全く分からなくなってしまう、っと言う事もあります。

僧侶が山にこもって修行するっという事がありますが、人を遠ざけ山にこもった方が「愛」っと言う感覚に繋がりやすいし、キープしやすいですが、沢山の人が居る中で「愛」を失わない修行を積む方が、一段階上の修行になるっと、言って居た人が居ましたね。


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