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時間の感覚ー早く老ける人老けない人ー

時間 お金
昔、何処かで「時間も物質である」っと言っていた人が居たように思います。

時間っと言う物は全ての人に「平等」に与えられている物ですが、時間には「長く感じる」
「短く感じる」っと言う不思議な現象があります。

例えば、大好きな事に夢中になって居たりすると本当に時間はあっという間です。しかし苦痛を感じる時間は「10分でも」長く感じる筈です。

小さい頃の時間は、一日がとても長く感じられましたが、歳を取ってくると時間はどんどん短く感じて行きます。

また、同じ時間を通り過ぎた筈の人が「老けて見える」「若く見える」など肉体年齢すら、ばらつきがあります。

その様に考えると、時間はもしかすると皆に「平等」では無いのかもしれません。

早く歳を取ってしまう人と、いつまでも若く見える人の違いは一体何なのでしょうか?原因は色々考えられますが、これが原因の一つと考えられるのはやはり、見えないエネルギーだと考えられます。

しがらみが強く色々な所にエネルギーを消費してしまう人は、老けやすいかもしれません。

例えば、楽観的に楽しく生きる人と、苦労して生きる人だと苦労して生きる人の方が老けやすいでしょう。あんなに若かったのに「苦労して一気に老けた」なんていう話も良くある事です。

僕も中学生時代、学校でとてもいじめられていました。その時の髪の毛は本当に白髪だらけでした。しかし、今の僕の方が多分中学生時代の僕より白髪は無いと思います。

また、昔の人に比べると今の人は「若い」人が多い様です。昔は今ほど便利な世の中では無かったでしょうから、今より苦労する事が多かったのかもしれません。また、歳を取ると年相応の考え方を強いられられる時代だったと思います。

今の時代は、若くても、歳を取ってもやりたい事が出来る時代です。

確かに、僕のお婆ちゃんなどは六十代ですっかりお婆ちゃんでしたが、今の六十代の人はまだ、お婆ちゃんとは呼べない人が多いように感じます。

テレビで、中東の方だったでしょうか?戦場と化している国の女性がインタビューを受けている映像が流れた時、表示されていた年齢が結構若かったのに、見た目はすっかりお婆ちゃんにしか見えないっと、驚く事もありました。

早く老けてしまわない為にはどうするべき?

老ける早く老けてしまわない為には、どうするべきなのか?は色々考えられますが「自分の見た目など、どうでもいい」っとなってしまうと、それが直ぐに表に現れるのは確かです。

「人を見かけで判断してはいけない」っとよく言われますが、内面の状態は結構、見た目に直ぐに出てきます。「自分は醜い」っと思って自分を嫌っている人は「何かこの人は醜く見える」っと表に伝わってしまう事があります。

「自分の事などどうでもいい」「自分は醜い」っと思う事は、自分を愛せて居ない証拠になります。自分を愛する事が出来ない人は、何故自分を愛せないのか、自分に問いかけてみる事が大切でしょう。

また、外の世界は貴方を映し出す鏡になっていますから、自分を愛せなければ、外の世界の人も、本当の意味で愛する事が出来ないかもしれません。

自分を愛する事は、この世界で幸せに生きる為にはどうしても必要な事です。自分に愛を向けられなければ、愛に満たされずに泣いている自分に気付いてあげられません。

老けにくく、若々しく生きる為には、ありのままの自分を「愛する」事は必要な事であると思われます。自分が「愛」に満たされた時、体も気で満ちて行きます。気で満たされた心と体は、明るく元気な方向へ必然と歩いて行く事になるでしょう。

自分を自分で愛せる人へ

老ける
僕は若い頃、鏡をみて自分の顔を「醜い」っと感じて居たことがありました。その時は思春期もあったのかもしれませんが、見た目にコンプレックスがあったのは確かです。

鏡を見て「自分に愛している」っと言えるようになれると良いっと、ヒーリングの先生が言って居ましたが、どんな人もその人にしかない魅力がある物です。それに気付けるようになれば、その人は魅力的に輝くでしょう。

自分で自分を良しとして、愛する事は内側からにじみ出る輝きにはとても必要な事です。

「ナルシストになれ!」っと言う事ではありませんが、ありのままの自分を、ありのまま愛する事は、僕らがこの世界に生まれた来た事のテーマの一つです。

最近のニュースで、マスクで自分の顔を隠して生きる人が増えてきているっと言う話がありましたが、ありのままの自分を良しとして、表に出せる人がもしかすると少なくなってきているのかも、しれません。

顔を隠す事は、良い事でも、悪い事でもありませんが、そのまま、自分を隠し続けて居ると、あれも表に出せない、これも表に出せない、っと色々不自由な事が増えて来るのでは無いかと思います。

それがもし、その人の克服する課題であった場合、勇気を持って自分を表に出して行かなければならない試練がやって来る事もあるかもしれません。

とはいえ、顔を隠して生きれば「自分らしく居られる」っと言うのであれば、それもまた一つの生き方ではあるでしょう。

これから、人はどう変わっていくのか?は未来にならなければ分からない事ではありますが、今の僕達が想像する事の出来ない未来が待って居るかもしれません。

時間の流れは、皆に平等ではありますが、僕らは自分達が思って居る以上にこの世に居られる時間は短いかもしれません。

短い時間を後悔せずに生きる為にも、「明日死んでも悔いはない」っと思える程に、精いっぱい、ありのままの自分を表現して生きて行きたいものです。


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笑顔は良い事を引き寄せるのか?


ワクワクよく、テレビなどを見ていると「笑う」事は体に良く、免疫力をアップする事が出来るなどと言われていますが、実際の所、笑う事は、本当に体に良い物なのでしょうか?

僕の経験上で話をすると「笑顔」になる時、ハートが開いてリラックスする事は確かです。ハートが開いているから「笑顔」になるのか、「笑顔」で居るからハートが開くのか?っと聞かれると、「ハート」が開くから笑顔になるっというのが自然ですが、笑顔を作っても「ハート」は開きますから、心が閉じて重くなって居る人は、笑顔を作る練習をすると少し「ハート」に良い影響が出せるのでは無いかと思います。

「笑う事」は健康に良いから「笑いましょう」と言って皆で、無理矢理「わっはっはっは」っと笑って居る光景を見ると正直、その光景は異様にみえますが、笑っている内に本当に気分が楽しくなるっと言う事もあるかもしれません、心を良い方向へコントロールするっと言う点から考えると、笑う事は、心に良い影響を与えると思われます。

見えないエネルギーの世界は、意味を付けた通りに動きますから「笑顔になると健康になる」っと意味を付けて行えば「健康になる」現実を引き寄せる事が出来るかもしれません。大切なのは自分の中で「笑うと本当に健康になるの?」考えるのではなく「笑うと健康になる」っと決めてしまう事でしょう。

笑顔は良い運も引き寄せる

福の神笑顔が体に良いっと言うのもありますが、笑顔は「皆に好かれ」良い運を引き寄せるのも確かです。

ムスっとした顔で、人と接していれば「何だろう?この人怒ってるのかな?」っと勘違いされて、周りの人は近寄りがたい雰囲気を感じるかもしれません。

しかしニコニコと周りの人に「笑顔」で接する事が出来る人は「この人は良い人そう」っと言う印象を与えやすいので、好かれやすくなるっと言うのは確かです。

また、単純に「笑顔」が「好印象」を受けるっと言う事だけではなく、人と言うのはエネルギーを干渉し合いながら生きていますので、笑顔で「ハート」が開き優しい気持ちで居ると、相手もそのエネルギーの影響を受け、ハートが開いて優しい気持ちになるっという事も起きるでしょう。

「笑う門には福来たる」っと言う言葉もありますが、笑顔が良い運を引き寄せるっと言うのは昔からそう信じられてきている点からも、良い運を引き寄せるのに大切な事なのかもしれません。

鏡を見て笑顔を作る

自分と向き合う笑いたいけど、笑えない、笑顔の作り方が分からないっと言う人も中には居るかもしれません。そんな人は、自然な笑顔が普段から出来るように、鏡を見て「笑顔」を作り、貴方自身に笑顔を投げかける事をすると、自然と「笑み」がこぼれる日常を作る事が出来るかもしれません。

僕は、ヒーリングの勉強をしてから、毎日「遠隔」で身近な人のエネルギーを感じながらヒーリングの練習をする事があるのですが、多くの人がハートが閉じていて、鳩尾とと頭が詰まっているのを感じます。

辛い日常や、思い通りにならない現実を体験していると、自信が無くなって鳩尾が詰まったり、誰も信じられなくなってハートが閉じたり、頭で考えすぎて、頭が詰まったりするのは確かですが。

なかなか、簡単に初心者が、自分の体のエネルギーをコントロールするのは難しい物です。

しかしながら、簡単にエネルギーをコントロールする事が出来る手段として「笑顔」や「笑い」は一番手が付けやすく、効果的な方法であると思います。

鏡を見ながら笑顔で「ハート」を開き、柔らかくなった心を作る事が出来れば多少なりとも、良い現実を引き寄せる手助けになるのでは無いかと思います。


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幸せが怖いと思って居る人へ


幸せ 怖い
自分の心の状態が常に落ちているのが当たり前になっている人は「幸せが怖い」っと思う人も居るかもしれません。

また、幸せになったとしても、「無くなるかもしれない」っと思ってしまい怖くなる人も居るかもしれません。

幸せになる事は、怖い事ではありませんが「心が落ちている状態」に安心感を感じようとする人は「心が落ちている状態」を手放しにくいかもしれません。

僕も昔「心が落ちている状態」が当たり前だった時があります。その状態に慣れてしまうと「変化する事」が怖いっと思う事もあると思います。

「幸せになりたい」と何処かで望んで居ても実際「幸せになったら怖い」っと思って居るのかもしれません。

では「幸せ」とは一体どんな事を指すのでしょうか?

幸せの定義は人それぞれ違うかもしれませんが「大好きな人と相思相愛になる」とか「大金を手に入れる」とか「欲しい物が手に入る」とか思い浮かぶ限り書いてみましたが、そんな所でしょうか?幸せ=物質的に満たされる事っと捉える人の方が多いかと思います。

幸せを特別視しない

 

幸せ 怖い
「幸せが怖い」っと思う人は、幸せが心の中で何か「特別な出来事」っとなって居る人が多いかもしれません。「幸せ」とはただ単にそう感じる「心の状態」に過ぎません。

どんなに、好きな人と結ばれようとも、どんなに大金を手にしようとも、どんなに欲しい物を手に入れたとしても「自分の心が満足!幸せだ!」っと思わなくては幸せにはなれません。

また、何も無い人生を歩んだとしても「小さな出来事」に満足し「幸せ」っと感じられる人は「特別な事」が無くても常に幸せです。例えば、道端に咲いている小さな花を見ただけでも「幸せ」っと感じられる人は居ます。

幸せが怖い人は「現状に満足」する事が怖いっと言う事でしょう。常に満たされない状態で居る事が当たりまえになっているのかもしれません。

「怖い」っと思うと言う事は「幸せになる自分を許せない」っと思って居ると言う事です。ならば「幸せになる自分」を許せば良いわけですが、それでも「幸せになる自分が許せない」っと思うのであれば「カルマ」が関わっている可能性もあります。

例えば「自分のせいで誰かが不幸になった」っとか「誰かの幸せを奪ってしまった」など過去に「自分が幸せになってはいけない」っと思ってしまう様な自分を責めてしまう様な出来事は無かったでしょうか?

「自分には幸せになる資格が無い」っと思って居ると「自分を責めてしまい」幸せが怖いっとなってしまう場合もあるかもしれません。

カルマがある場合は、それがどんな出来事だったかをしっかり思い起こし、その出来事を細かく手放していく必要があります。

ただ味わえばいい

ワクワク
幸せが続くと「無くなりそうで怖い」っと思って落ち着かなくなるかもしれません「無くなるかもしれない」っと心の何処かで思ってしまうと「現実化」してしまう場合があります。

「貴方は幸せになって良いのです」

ただ、心が感じるままにその幸せを「味わってください」幸せとは「心がそう感じる」現象に過ぎません「あー幸せだなー」っと常に「現状に満足し」心の赴くままに味わえば良いのです。

そこに恐怖心は微塵も入る隙はありません。貴方が心に恐怖心の入り込む隙を与えなければ「恐怖心」が入れる余地は無いのです。

貴方が恐怖心を入れてしまう事を許可をしてしまうから、怖いっと思ってしまうのです。「私は幸せを感じる事に恐怖心を一切入れはしない」っと自分の中で決めてしまって下さい。

この世界は、貴方が付けた意味の通りに動きます。貴方がきちんと心の状態を意図して動かせば心は貴方の思いに逆らう事は出来ないのです。

それでも、恐怖心が消えないのであれば「囚われ」があると考える事が出来ます。幸せになる事が何故怖いのか?自分の心の中を覗いてみましょう。

必ず「許せない自分」が浮き上がってくるはずです。幸せになる事に対して「何を許せない」っと思って居るのかしっかり自己分析してみましょう。怖いっと思う事には必ず理由があります。

幸せになって良いと許す事

思い通り貴方が、貴方に対して「幸せになって良いんだよ」っと言ってあげる事が大切です。許しのワークになりますが、怖いっと思うっと言う事は、貴方が「許せない」っと自分を責める事で、その責めているエネルギーが自分に返って来て「怖い」っとなる事が多いのです。

貴方自身が「自分に幸せになって良い」っと言ってあげてください。貴方を「許すのは」他の誰でもなく「貴方自身」なのです。

「幸せ」っと言うエネルギーは「良い物」でも「悪い物」でもなく、ただのそう言う波長を出したエネルギーの状態に他なりません、物事は常にニュートラルです。特別な意味を与えず、ただ感じるままに味わいましょう。

「幸せになる事」に特別な意味などありません。ただ「幸せを味わう」っと決めるだけです。

大きな幸せが怖いっと思うのであれば「小さな幸せ」から少しづつ恐怖心を減らしていく方法もあります。それこそ、道を散歩してる可愛い犬を見て「可愛いー幸せ」っと思ったり、お昼に食べるご飯に「美味しーい幸せ」っと思ったり。

何でもない小さな出来事でも、幸せは十分感じる事が出来ます。そうやって少しづつ「幸せ慣れ」していくっと言うのも一つ方法かもしれません。

何度も言います「貴方は、幸せになって良いのです」

自分で「幸せになる自分」を許してあげてください。


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イライラは成長のチャンス?ーイライラしない為にー

イライラどんな人でも、イライラする時はあると思います。特に疲れている時などはイライラしやすくなる物ですが、僕も仕事柄どうしてもイライラは湧き上がってきます。

イライラすると、そんな自分を「嫌だなー」っと思っても、ついつい抑えられずに人にぶつけてしまったりしてしまいますよね。

イライラの原因がハッキリ分かって居る「極度に疲れている時」や「急いでいる時に邪魔が入る時」などは、もう仕方が無い事かもしれませんが、誰かの言動にイライラする時は貴方の囚われている事がハッキリ分かるチャンスかもしれません。

人の言動にイライラするっと言う事は「その人の言動に許せない所がある」っと言う事です。

是非、このチャンスを使って、自分の囚われを見つけて大きく成長してみましょう。

例えば、僕の例で挙げると最近イラっとした事は、仕事の同僚が自分の仕事が遅いのにも関わらずそのせいで溜まった仕事を僕や、他の同僚にしりぬぐいをさせようと指図してくる事でした。

そこで、僕はこの同僚のどんな所にイラっとしたのか自己分析をした所

「何でも自分の思い通りに人をコントロールしようとする所」にイラっとした事が分かりました。

その時僕は「人を自分の思い通りにコントロールしようとする事」は良い事でなはいっと言う囚われがある事を発見し、ココに引っ掛かってイライラが出てきたっと言う答えに辿り着きました。

つまり「人を自分の思い通りにコントロールしようとする自分」が許せなかったのです。

外の世界は、自分を映し出す鏡です。なので、人の許せない所は「自分」の許せない所なので、この様に分析し「そんな自分」を許し、手放す作業をする事にしました。

その後、許しのワークを行った後は、前程その同僚の言動にイライラしなくなりました。

皆から嫌われている同僚ですが、僕は「許す」っと言う選択をして「何だか許せる」っと言う状態になって来て居ます。許しのワークについてはコチラの記事を参考にされてみてください。

関連記事 自分を愛せない人へ。許しのワーク

色々なイライラの対処法

自分と向き合うイライラには、色々なパターンがありますが「極限に疲れている状態」なら「ゆっくり休んで下さい」っとしか言いようがありませんが。

他には「急いでいる時」「やらなければならない事が沢山ある時」に上手く物事が進まなかったり、邪魔が入ってイライラする時などは僕の場合「拘りを捨てる事」でイライラに対処しています。

仕事によっては、なかなか出来ない状況の方も居るかもしれませんが。

僕の仕事の場合、余程の緊急の場合は別ですが、その他の業務の場合は「急がなければならない」っと言う拘り「こなさなければならない」っと言う拘りを捨ててしまいます。

「急がなくても出来る」「全部一気にやる必要はない」など、人の命に係わる事は別ですが、殆どの事が「何が何でも急がなければならない」っと拘る事は無い物です。拘って勝手に焦ってイライラしているのは「自分」の中だけの事です。

ましてや焦ってイライラしてる時などは、むしろ効率が悪くなります。

深呼吸をして一息ついて、今、自分のやらなければならない事は、そこまで重要な事だろうか?っと考え、急ぐ事を止めると気持ちが大きくゆったり構えられるようになって「イライラ」しなくなります。

「頑張らない」と似ていますが「自分で自分を縛り付けない」様にした方が、気ばっかり焦って上手く行かないっと言う状況を手放せて、効率は上がります。

大体のイライラは、自分で勝手に作り上げている事が殆どです。

自分を客観的に見る癖を付けましょう


イライラ
イライラする時は、その時は余裕が無かったとしても、家に帰った後や、リラックスした時にでも「あの時の自分は、何であんなにイライラしたのだろう?」っと考えてみると、新しい発見があるかもしれません。

どんな時も「客観的」に自分を見られるようになると、怒りに任せて行動してしまうっと言う事を防ぐことが出来ます。

「あー、今自分はイライラしているなー」っと分かるだけでも十分です。

それが分かると、イライラの波動を上手く見送る事も可能になります。鳩尾から湧き上がるイライラを、ただの感情の波っと捉えて頭の上から煙突の様に出してしまうっとイメージすると、頭頂からスッと抜けて行きます。

イライラを見るっと言う感じです。その部分に意識を向け「あいつが悪い」とか「あれのせいでイライラした」っと意味を付けずにただ見送るとスッと抜けます。

イライラはトラブルを招く原因です。自分が優しくなる為には、どんな考え方をすればいいか、常に意識しておくと少しづつ優しい気持ちになれる時が増えて来るかもしれません。

この世の中、そこまで強く拘らなければならない事など、そんなに無いはずです。


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自分の中の常識を疑うー支配されない為にー

常識僕らは、沢山の常識の中で生きています。特に日本人は、常識やマナーなどに縛られている気がします。そこが日本人の良い所でもあり、悪い所でもあるかも知れません。

人に迷惑を掛けない節度のある心得は確かに大切かもしれませんが、常識に囚われ過ぎて「自分の価値観」を人に強いてしまったり、自由な選択が出来る筈なのに、出来なくなってしまったりするのは少し残念な気はします。

僕らは、小さい頃から色々な人から常識を学びました。まず僕が小さい頃、親に言われた事は「人に会ったら、必ず挨拶をする事」です。

多くの人が、親から挨拶の大切さを教わって居るのでは無いでしょうか?

しかしながら、常識っと言うのは人の数だけ存在します。皆が常に同じ常識の中で生きている訳ではありません。「挨拶の大切さ」を学ばずに「挨拶が出来ない人」っと言うのも居ますし、極度の人見知りで「挨拶が出来ない」っと言う人も居るかもしれません。

その時僕らは、ついついそんな人達を評価、ジャッジしてしまいます。

「あの人は挨拶も出来ない、親の教育が良くないんだ」

「挨拶しないなんて、何て感じの悪い人だ」

そう思ってしまう事は、仕方が無い事かも知れませんが、実の所「挨拶するかしないか」はその人の自由であり「挨拶はしなきゃいけない物」っと囚われているのは僕らの方かもしれません。

実際、何故挨拶しなければならないのでしょうか?

「感じが良い」「感じが悪い」はあるかもしれませんが、そこには「人に好かれたい」「人に悪く見られたくない」などの囚われもあるかも知れません。

また、挨拶をする事を誰も知らなかったら、挨拶する事は「当たり前」では無かったかもしれません。また、外国に行ったら、日本とは違う常識がありそうです。

これは、分かりやすい例として挙げましたが、この様な事だけでは無く色々な常識の中それを信じ込むことで、僕らの選択肢は制限されてしまう事は多いでしょう。

常識は僕らを縛って行く

常識例えば、沢山勉強して、いい学校に入って、良い会社に就職をして、結婚して、家を建てる。

仕事は辛いのが当たり前、お金は苦労して手に入れるのも、好きな事ばかりしていてはダメ、我慢は必要、お金は無駄遣いせず貯金する、楽する事は自分の為にならない、甘やかす事は悪い事

何となく思い浮かんだ事を言ってみましたが、僕らはそんな常識に支配されている可能性は十分にあります。

何となくですが、苦労する事は当たり前、人生はそんなに甘くない、辛いのはしょうがない、など自分の本当の心の声から目を背けさせるような常識が多い様な気がします。

実際、以前にも言いましたが、僕らの現実は僕らが意味を付けた通りになります。

辛く、自分の思い通りにならない現実を歩む人生にならない為にも、自分の中で無意識に信じ込んでいる常識を疑ってみる必要はあるかもせれません。

この世界で、成功する人っと言うのは、一般人とは違う視点を持って居ます。皆と同じ考えをしていては、飛び抜けて凄い物を作る事や、凄いアイディアと言う物はやってきません。

そんな人達は、常に「こうあるべき」っと言う常識を疑って新しい視点を見つけて居る筈です。

親が受けてきた支配は、子供に付いてきます。またメディアから、都合よく植え付けられる常識も沢山ありそうです。

「科学的根拠」は必ず信用できる物なのでしょうか?人の体に作用する「薬」は科学的根拠で作られたものだと思いますが、全ての人に同じように効くものではありません。

カロリーは取っただけ太るのでしょうか?どんなに沢山食べても太らない人も居ます。

タバコを吸ったら本当に肺がんになるのでしょうか?どんなに吸っても肺がんにならない人も居ます。また僕の父の様にタバコは吸わないのに肺がんになる人も居ます。

僕らの信じる「常識」にはどれだけの信憑性があるのでしょうか?

この世界に「絶対」は存在しません。

僕らの信じている事が、僕らの「現実」を作ります。

「全く何も信用するな!」っと言う意味ではありません。ただ、これらの常識で僕らは本当に自分の望む生き方を制限されているかもしれません。

ココで一つ、自由な生き方を選択する為に、貴方を縛り付けている「常識」を見つけ、一度疑ってみてはいかがでしょうか?


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やりたい事が分からない人へ

やりたい事 分からない自分のやりたい事が分からない状態と言うのは、実は非常に辛いものです。

何もやりたい事が無いと、自分の中でやりたい事を決める事が出来ず、結局人に流されてしまったり、やりたくない事を何となくただ続けてしまったりっと言う事が多くなってくるでしょう。

自分らしく、自分の好きな様に生き方を自分で決めて行く人と言うのは、自分のやりたい事がハッキリしている人が多いのは確かです。

では、どうしたら「やりたい事」がハッキリしてくるのでしょうか?

小さい頃を思い出してみてください、無邪気に遊んで居た頃、自分のやりたい事はハッキリしていたでしょうか?

やりたい事、っと考えた時「何か特別大きな事」を思い浮かべるかもしれません。

例えばやりたい仕事を見つけるとか、人生のライフワークを見つけるとか、自分の人生を大きく変えてくれる様な、大きな出来事を思い浮かべるかもしれませんが、子供の頃「絵を描きたい」とか「友達と遊びたい」とか「外に遊びに出かけたい」とか「お菓子を買いに行きたい」とかそんな小さな事です。

自分の人生に大きな変化を与えてくれるような「やりたい事」を見つける為には、まず普段の小さな事から、自分のやりたい事を見つけ、それを行う訓練をしなければなりません。

自分が普段何を求めているのか、自分の心の声を聴けるようにならなければ、人生を大きく変えるような「やりたい事」にたどり着くのは難しいでしょう。

心の声に耳を傾けるとは?

自分 信じる休日に自分が何をしたいのか、決める時、あなたは「心の声」と「頭の思考」どちらの選択を優先しますか?

例えば、休日に「今日は温泉に浸かりたい」っとふと思ったとします。その時直ぐに「温泉に行く準備を始める」か「温泉に行くのにはお金が掛かるし」とか「行く温泉を決めるのが面倒だから家に居よう」とかどちらを優先しますか?

自分のしたいを「でも」や「面倒」などで遮ってしまうのが思考です。自分のしたい!は心のしたいに繋がります。その時「温泉に行く」事に従うと、次の自分のしたいが、分かるようになります。

自分の心がしたいと思う事に、従って行くと心の声が段々分かるようになってきますが、普段から心の声を無視してしまっている人には、自分の心の声に従うと言う事は少し勇気のある事かも知れません「やりたい事を」見つけるっと言う事は「やりたい事」に従う気持ちが無ければいけません。

自分の心の声を無視し続けると、当然やりたい事が分からなくなってきます。

小さな事でも「やりたい事が分からない」っと言う人は、心がかなり「動かない重症」になっている可能性があります。心の声を無視し続ける事で「心が麻痺」してしまっている可能性があります。

心が麻痺してしまっている人は

エネルギー 枯渇長い事、自分のやりたい事を無視し続けて居る人は、心が麻痺している可能性があります。

そんな時は、やりたいに従えなくても、例えば「旅に出かけてみる」「お芝居を見に行く」「自然と触れ合う」など、心が少しでも動きそうな事を体験してみる事が大切です。

その時は「興味が無い」っと思っても、やってみると「楽しい」と感じたり「ワクワクする」っと言う事があります。

過去に自分が大好きだった物でも構いません。例えば子供の頃あなたは、何に夢中になりましたか?心が無邪気に動いて居た頃「好きだった」事に目を向けてみましょう。

「電車が好きだった」「車が好きだった」「動物が好きだった」など色々あると思います。その頃を思い出せる様なイベントに出かけてみると、その当時の心の状態が蘇るかもしれません。

心が麻痺してしまっている人は、心が元気になる様な事を、自分からしてあげる様にしてください。そして、少しでも心が動いたら「いま、感動しているな」とか「心が喜んでるな」っと言う心の動きを味わいましょう。

自分のやりたい事を見つけたいのであれば、やりたいと思ったことにきちんと返事をする事です。

やりたい事を見つけたければアンテナを張って置く

やりたい事 分からない何となく、ただボーっと過ごしているだけでは、何となくただぼーっと時間が過ぎてしまします。

やりたい事を見つけて、やりたい事をしていく人は、自分のやりたい事は何か、常にアンテナを張っています。

自分のやりたい事は何なのか?楽しそうな情報を集めてみたり、人から色々な話を聞いたり、自分の刺激になる様な出会いを求めて行きましょう。

特に、誰かと話すっと言う事はとても良い事です。やりたい事を生き生きとやっている人と出会い、そんな人と楽しく会話をしたりすると、いい刺激を貰える事があります。

友人、会社の同僚、コミュニティに参加する。何でも良いでしょう、自分だけの空間を保っていると、刺激が無く、何も分かりません。

楽しそうな事に常にアンテナをはり、そこから辿るように自分のやりたい事を見つけて行きましょう。

やりたい事はある日、ポンっと降りて来る物ではありません。

色々な事にチャレンジしてみて「自分が楽しい」っと感じられる物を少しづつ引き寄せる物です。どんな可能性が自分の中に眠っているか分かりません。ただ何となく眺めているだけでは無く、アクティブに、参加して行く事が大切です。

「無理そう」「興味ない」っと思った事でも、やってみなければ心がどんな反応を示すかは、分かりません。心が反応する為には「参加」はとても重要です。

やりたい事が分からないっと言う人は「気乗りしなくても」何か参加できそうな事があったら、どんなものなのか「経験」するようにしてみてください。

「経験」はとても大切です。せっかくこの世に生まれて来たのですから、生きる事を十分に楽しんで行きましょう。


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自由な生き方に興味のある方へ 橋本雅さんのブログ

お金に罪悪感がある人。お金を手に入れる為に決める覚悟

お金 アフィリエイトお金に罪悪感があると「思うようにお金を手にする事が出来ない」っと言う情報をよく耳にします。

「お金は悪い物」「お金は汚い物」「お金を沢山手にする事は卑しい事」などなど、僕らはお金に対して無意識にマイナスのイメージを持っており、お金を手にする事を拒んでしまうっと言う話でした。

僕は、お金に対して「汚い物」「悪い物」っとは思って居ませんが「お金を使う事」「貰う事」に関して「罪悪感」がある事は自分の中でハッキリしています。

昔、親に生活費を出してもらい「夢」を追って居た時は、特にお金を使う事に罪悪感が強く「自分で働いて居ないのに、人のお金を使って申し訳ない」っと言う思いが強かったです。

そして、罪悪感が強いと、何故か「お金を使ってしまう」っと言う行動に出てしまい「お金を使っちゃいけないのに、使ってしまう事が止められない」っと更に強い罪悪感を感じて居ました。

よく「食べる事に罪悪感」を感じてしまう人は「ダメだと思っても、いっぱい食べてしまう」っと言う話を聞きいた事がありますが、罪悪感があると、ダメだと思った事をついついやってしまう、ものなのかもしれません。

お金を使う事への罪悪感

お金 自由今の僕は、自分で働いてお金を稼いでいます。そのせいか昔ほど「お金を使う事への罪悪感」は無くなりましたが、それでも自分の中で、沢山お金を使ってしまうと「こんなに使ってしまった」っと言う「後悔」の様な感情が湧く事があります。

お金を有意義に使った時は「これは仕方がない出費なのだ」っと思い自然と受け入れられるのですが「自分が欲しい物を買ってしまった時」や「電気を沢山使って電気代が多かった時」などは、心のどこかに「自分の使いたいようにお金を使う事」に関して「もっと我慢しなければいけないのだろうか?」っと感じてしまう自分が居ます。

これは、小さい頃から親や、祖母から、自分の欲しい物を買うと「無駄遣いして!」っと常に怒られていた事から「好きな事にお金を使う事は無駄遣いなのだ」っと刷り込まれている事が原因している事が分かります。

この様に親から「無駄遣いは悪い事」っと教育された子供たちは、お金を自分の使いたいように使う事に「罪悪感」を感じる様になって行くのでは無いかと言う事を感じます。

また、親は良かれと思って子供に禁じて来たことが、子供が大人になって自由になる事で過剰に加速する事があります。

例えば「ポテトチップス」を食べてはダメ!っと強く禁じられたせいで大人になってから「ポテトチップス」を物凄く沢山食べてしまう様になるなど、子供教育は難しい物なのでしょうが、禁じればそれで良い、っと言う物では無さそうです。

お金を貰う事への罪悪感

お金 罪悪感僕は、色々な仕事をしてきましたが、自分で絵を描いてそれでお金を稼ごうと考えて居た時「自分の描いた絵にどれ程の価値を付けたらいいか分からない」っと言う事がありました。

勿論、その絵を描くために物凄く長い時間と手間をかけ沢山の労力を使いました。それでも「こんなにお金を取って良いのだろうか?」っと言う罪悪感がありました。

「自分が価値のある人間だ」と思えていない事も考えられますが

お金を貰うと言う事は「それに見合う苦労をしなければいけない」っと思い込んでいる所がある事も分かります。

「お金を貰う事は難しい事」「お金を貰う事は苦労する事」っと言う思い込みがあると、簡単にお金を稼ぐ事など出来るはずが無いっと言う思いが強くなり「お金を手にする事は難しい」っと言う現実を引き寄せる事になりそうです。

そして、長く人に使われる「会社」などに勤めた事により、自分で自分に価値を付けるっと言う事が出来なくなっている事も分かります。

会社などに勤めていると、例えば「時給1000円」っと言う価値を会社側から提示されます。その様にして働くと、自分の時間の価値は「一時間1000円位なのだ」っというイメージがついてしまい。

例えば独立して何かを始めようとした時「一時間1000円」以上を取れる価値が自分にあるのだろうか?っと悩んでしまいそうです。

そう考えると、自分のやっている事にきちんとした価値を付け、きちんとお金を貰うっと言う事には、自分でそれをキッチリ決めて提示し、きちんとお金を貰う!っと言う覚悟の様な物を決めなければいけない事が分かります。

お金を自分の思うように引き寄せたければ、お金に対して「受け身」ではいけない事がハッキリしてくるのでは無いでしょうか?

お金を手にする為には自分が価値のある人間だと認める事が大切

お金 罪悪感会社で働き、会社側から「あなたの価値はこれ位ですよ」っと提示されている内は、お金を自分の思うだけ引き寄せる事はまず、難しいでしょう。

もし、自分の思うとおりにお金を引き寄せたいっと思ったら

「私の価値はこれ位です!」っとキッチリ自分で自分を査定し、提示する事が重要になってくると考えられます。「私の価値はこれ位だ!」っと自分に見合う価値を提示するっと言う事は、ある程度自分に「自信」がある事が大切になってきそうですが。深く考えすぎる事無く「自分の価値を決めて行く」事は必要だと思います。

また自分で自分の事を決める習慣が無い人には、自分の価値を決める事は「勇気の要る作業」だと考えられますが「人に何かを決めて貰う」っと言う事を期待すると「自分の希望通りにならない」っと言う事が多い物です。

「自分の望む現実」を手にする為には「自分で望む様に自分の現実を決めて行く」っと言う事をしなければ「誰も貴方の価値を決める事は出来ない」っと言う事を知っておく必要がありそうです。

会社に依存し、自分の価値を自分以外の誰かに決めて貰うっと言う事に慣れてしまうと「依存心」がある事が分かりにくくなりますが、心の独立を図る事は、自分の思うようにお金を引き寄せる為には非常に重要な事っと考える事が出来ます。


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自由な生き方に興味のある方へ 橋本雅さんのブログ

会社に依存ぜず、自分のしたい事を仕事にする人達の特徴

仕事 意味
僕達の多くが、会社っと言う枠組みの中で「保証」され、一定のお給料を貰い、我慢して仕事をしているのが殆どだと思います。

そんな中で、会社に依存せず自分で全てを決め独立する人達が居ます。

僕はそんな会社に依存せず、自分のしたい事で自立し、お金を稼いでいる人と話をしてみて、会社に依存している自分とは「考え方」が違う事に気付きました。

会社に依存せず「自由に自分のしたい事でお金を稼ぐ人」の特徴について今日はお話しします。

自分のやりたい事をとことん追求する気持ちがある

人生 楽しむ自分のやりたい事を仕事にして生きている人は、自分のやりたい事がハッキリしていて、それを追求する気持ちがしっかりしています。

話を聞くと、何個も仕事として使える「特技」がある人が多く、興味を持ったら直ぐにそれを学ぶための行動力もありバイタリティに溢れています。

会社に依存して生きる人は、やりたくない仕事を、お金の為っと我慢して働く内に「自分が何がしたいか分からない」っと言う状態に陥って居る人が多いのでは無いでしょうか?ただ貰ったお金で、何となく時間を過ごし、やらなければいけない事に受け身になってしまっているせいかもしれません。

自分のやりたい事を仕事にする人の特徴として、たった一つの特技だけでは無く、色々な方向から興味のある事を追求し、それを独自にまとめ上げ、仕事に活用している人が多い事が分かりました。

もし、自分のやりたい事を仕事にして生きたいっと思うのであれば、自分の興味のある事を沢山、追求し、学んで技術として使える状態に持っていく必要がありそうです。

自分で自由に決める事を楽しんでいる。

会社 依存会社に依存する人達は「会社に決められた決まり」の中で生きています。与えられた仕事を毎日こなし、自分で何かを「一から決める」っと言う機会は無くなっていると思います。

自分のやりたい事を仕事にする人達は、自分のする仕事を一から自由にデザインする事を楽しんでいる人が多いです。「なんでも自由に決める事が好き」っと言う特徴がある事が分かります。

「一から自分の仕事を決める」っと言う作業は、会社に依存する僕達には少し「怖い」っと思う所があるのでは無いでしょうか?一から頑張って決めたとしても「本当にこれで良いんだろうか?」と言う不安が湧いてきそうです。この時点で会社に対して依存心が強い事がハッキリします。

「誰かに決めて貰う」っと言う事に慣れ「それに従う」っと言う働き方をしていると「一から自分で決める」っと言う事は勇気のある作業なのかもしれません。

会社に依存して生きると「自立して生きる為に必要な能力」が鈍って来る事がハッキリします。

自分のしたい事を仕事にして生きたいなら

お金 自由この様に、会社に依存して生きる自分が、独立して生きる人達と話をしてみていかに「会社に対して依存心が強いか」がハッキリしました。

自分のやりたい事を追求し、それを仕事にして生きたいのであれば「仕事とお金は与えられる物」っという思いと「仕事の決まりは誰かに決めて貰う物」っと言う依存心を無くす必要がありそうです。

これらの依存心があるから、独立出来ないのか?それとも会社で勤めている内に、依存心が強くなるのかは分かりませんが、自分のしたい事を仕事にする人は、自分の芯がしっかりしている事が分かります。

会社に勤めていると、会社に依存する人達の集まりですから、独立して自分のしたい事を仕事にする人との関りがあまり無いかもしれません。

会社に依存して居る人達とばかり関わっていると、これが「普通」なのだっ「皆そうなんだ」と言う考えに収まり、違う視点から「働く事」を考えるっと言う機会も薄れて行きそうです。

自分のしたい事を仕事にするっと言う事は勇気の要る事ですが、自分のしたい事を仕事にしている人、と関わり合いを持ち、色々話をしていると自分の物の見方が広がり「自分のしたい事を仕事にしてみたい」っと言う勇気の様な物を貰えました。

会社に依存せず、自分の望む生き方をしたいのであれば、自分の望む生き方をしている人を身近に置いて、良い影響を与えて貰う事は大切なのかもしれません。

考え過ぎず、やりたいと思ったら行動する

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何かを始める時、人は先の事を色々考え「不安」になったり「行動をしない」選択をしたりしてしまいます。

イキナリ仕事を辞める必要は無いですが、もし、自分のしたい事をしてお金を稼ぎ、独立したいっと思うのであれば、自分が何に興味があるのかっと言う事に常にアンテナを張り、したいと思う事を物怖じせず「とにかく行動してみる」っと言う習慣をつけ、自立心を作る作業をしなければ「会社への依存心」を取り去る事は難しそうです。

そして普段から自分で何かを決める事に対して、自信をつける必要もありそうです。

今日は、新しい出会いがあり、自分の考え方が如何に「会社に依存して居るか」がハッキリしました。自分の芯をいかに取り戻す事が大切か、自由に生きるっと言う事がどういう事なのか良く分かる事となりました。

自分のやりたい事で自立したいのに、勇気が無くて出来ないっと言う「会社に依存心の強い人」は、独立して生きている人との関わり合いを作って「話を聞いてみる」っと言う事を始めてみては如何でしょうか?

なかなか良い刺激を貰えますよ。


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人のせいにする人。それを許せない人。

人のせい無意識に「人のせいにしてしまう人」または「人のせいにする人に腹が立っている人」人のせいにには様々な状況が考えられますが、人のせいにする人は確かに沢山存在します。

僕の働いて居る職場にも「人のせい」にする人が居ますが、僕にその矛先が来たら確かにイラっとはしそうです。

人のせいにする人は一体どんな心理状態なのでしょうか?考えてみました。

何でも人のせいにする人と言うのは、つまり「自分が問題の原因である事」から逃れたい人だと考えられます。どんなことがあっても「自分は悪くない」っと主張したいわけです。だから責任を人に擦り付けて、その場から逃げようとするのでしょう。

僕の身近に居る「人のせい」にする人を観察すると、普段、自分がいかに良い人間か、いかに正しく生きて来たかを切々と話す人が多いです。「私は悪い事などした事が無い」「正しく生きてきた」「こういう理由でこうしたのだ」と言う人が多いです。

しかし、僕が思うには本当に「良い人」っと言うのは、自分で自分の事を「良い人」だとは言いません。良い人に見られたい人が、いかに自分が良い人かと説明してくるのです。

「良い人だな」っと感じて欲しいのであれば「自分は良い人です」っと言うのは止めた方が良いかもしれません。言葉より、普段の行いで証明した方が説得力があります。

誰でも、何か問題が起きた時、その原因になる事は避けたいと思う物ですが「自分が悪かった」っと認める事は、心の弱い人には勇気の要る事なのかもしれません。

僕も、自分が悪かったっと思う時は、素直に「スミマセン」と謝りますが、自分が悪くないと思った時は、謝りたくないっと思ってしまいます。「何で自分は悪くないのに謝らなくてはならないんだ」っとは一瞬思うのですが、社会人として、働いて居る以上、自分が悪くなくても謝らなければならない時があります。

僕はあんまり、誰かのせいにした記憶は無いですが。ただ、明らかに「あいつが犯人だ」っと分かった時は「あの人が原因ではないのか?」っと指摘する時はあります。

「人のせいにする人」っと言うのは「責任」を取りたくなくて逃げてしまう人でもあるかもしれません。しかし実の所、何か問題が起きた時「自分じゃなくてアイツが悪いんです」っと申し開きすると、もっと印象が悪くなってしまいます。

「そうやって人のせいにする人なんだな」っと言うのが丸分かりになってしまいます。

「自分は悪くない」っと自分を「綺麗」に見せたいのに、人のせいにする事で、もっとマイナスなイメージが付く事を、人のせいにする人は心に留めておいた方が良いかもしれません。

責任逃れしたい気持ちは分からなくもないですが、責任を取る事はそこまで恐れる物では無いと思います。むしろ素直に「スミマセンでした」っと認めて謝った方が印象が良くなる事の方が多いはずです。

人のせいにする人が許せない人へ

人のせい人のせいにする人が、近くに居るとイライラしてしまうかもしれません。「謝ったら負け」っと思って居る人に「何で自分が悪いんですっと言えないの?」っと思ってしまうかもしれません。

「何故自分が悪いと認められないのか?」っと思う人は「謝る事」「自分が悪かったと認める事」に抵抗が無い人でもあるのかもしれません。

人は自分が簡単に出来てしまう事は、他人にも簡単に出来る筈だと思い込んでしまう事があります。「何でこんな簡単な事が出来ないのか」っと思ってイライラしてしまうのかもしれません。

しかしながら「人のせい」にしてしまう人っと言うのは「自分の責任でしたスミマセン」っと謝る事、責任を取る事が難しくて出来ない人なのだっと心に留めておきましょう。

この世の中には、色んな人が居ます。皆それぞれ、囚われている事は違います。ここは人より勝っているけど、ココは人より劣っているっと言う所が人それぞれにあるからこそ、僕らは助け合って生きて行く事が出来ているのです。

この人は、こういう所が自分より苦手なんだなっと思うと「ほんの少し」かもしれませんが優しい目で見られるのでは無いでしょうか?

責任逃れする人は、なかなか許せない所がありますが、あなたが大きな心で許してあげると、その人にイライラする事が無くなるかもしれません。

何でもそうですが、考え方一つで物の見方が180度変わる事があります。イライラする自分を見せられるのも嫌な物です。自分がいかにイライラせずに楽しく過ごせるかを考え、イライラしない考え方を自分で編み出してみるのも一つの方法かもしれません。

病的に人のせいにする人

人のせいにも、色々なタイプがありますが、最初でお伝えした「人のせいにする人」の他に「延々とアイツが悪いんだ」っと思って悪口を言い続ける人っと言うのも居ました。

僕の「母と祖母」がそれでした。「こうなったのはアイツのせいだ、〇〇のせいだ」っと暇になるとブツブツ言いだす人です。

こうなってくると、もう「人のせい」にする事で「心の安定」を図っている病的な状態と言えるでしょう。女の人に多い様な気もしますが、そういう男性にはあまり会った事が無いだけかもしれません。

こうなるともう、簡単には治りません。自分を客観的に見る事すらできす、精神的にも不安定な状態です。出来ればこの様な状態で、心の安定を図る事は望ましくありませんが。本人がそれで良いのであれば、それもまた本人の自由です。

ただ、どんなに人のせいにして「呪い」続けても、その責任を取るのは「自分だ」っと言う事は頭の片隅にでも置いておいて欲しいです。どんな形で自分に返って来るかは分かりませんが、この世界は「因果応報」自分の撒いた種は自分で刈り取る世界です。

それを知っていれば、ネガティブな物を、誰かや、自分にぶつける事は無くなるでしょう。


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考えすぎる事で悩んでいる人へ

人生 変える物事をじっくり考えて行動する事は、悪い事では無いと思いますが、考えすぎて行動に移せない人には、少し苦しい状況になってしまうかもしれません。

最近の僕は、直感を大切にしているので、あんまり深く考えない方なのですが

昔の僕は、本当に考え過ぎだった所がありました。

特に人が怖くて誰かと何かを話すと「あの人にこう言ったけど、気を悪くしていなかっただろうか?」「こんなこと言ったら怒らないだろうか?」と、とにかく言う前も、言った後もしきりに人の事を気にして色々考えながら言葉を話していました。

こんな状態ですから、頭の中も雑音がいっぱいで当時、何を考えていたかは忘れましたが、色々ずーっと頭で考えていました。

当然ですが、この状態が続くと「疲れてきます」自分が程よく、居心地よく頭を使う事が一番良いと思いますが、普段一人でリラックスしている時は「頭が空っぽ」位が一番落ち着きます。

当時、考え過ぎだった僕は「考える事で気持ちを落ち着かせようとして居た」のかもしれません「頭の中が静かになる事」を嫌がっていたような気もします。

考えすぎてしまう人の中には「不安」が強い人も居るのかもしれません、じっくり考えないと「不安」「落ち着かない」っと言う感情が無意識にあり「考える」事で安心できると信じているのかもしれません。

頭の中で処理できる事には限界がある?

考えすぎる僕は、絵を描きます。その時に良く思う事なのですが「頭で考える」っと言う事には「限界」があります。僕に知識があんまりないと言う事もあるかもしれませんが、頭で考えて絵を描くと必ず「マンネリ化」して在り来たりな物しか描けなくなって行きます。

本当の閃きは「頭で考える」所よりもっと上の方から降りて来るっと言う感じがします。または行動して「失敗」した所から新しいアイディアが見つかる事もあります。

頭で考えると「行動が鈍くなる」時があります。例えば「今したい!」っと思って「今しかできない」事があった時「頭は」「でもこうなるかも」「もしかしたらこっちの方が良いんじゃないか?」っと迷いを持ちかけて行動をストップさせることがあります。

また、頭で考える事は「今まで経験した事」「学んだ事」の範囲を超える事が出来ません。勿論、沢山の知識を学んで「頭の使える領域を広げる」事は良い事だと思いますが、時に知識が「足を引っ張る」事があります。何でもそうですが、考えるより「とにかく行動」してやってみないと分からない事が沢山あります。

僕の職場にも「勉強するのが大好き」な人が居て、しきりに勉強していました。その人は人に対して「勉強した方が良い」っと言っていましたが、僕の目から見ると彼は「簡単な事を難しくしている傾向」が見られました。

もっと単純にシンプルに考えて良い事なのに何だか複雑で分かりにくくします。そして「理解できるのは僕だけ」っと言う様な変な傲慢さも見られました。

「知識で武装」する事を否定はしませんが「鎧」は着過ぎると、身動きが取れなくなります。情報は欲しい時に欲しいだけあればいい物で、頭の中を図書館にする必要は無いはずです。

考えすぎる事が嫌なら

考えすぎる「考えすぎる」っと自覚しているなら、貴方は「考えが、過ぎるからどうにかしたい」っと思って居るのかもしれません。考えすぎる事が自分の足を引っ張っているっとも思って居るのかもしれません。

考えすぎると「行動」になかなか移せなくなるのは確かです。

僕の経験から言うと、頭で考えるより直感を信じる方が楽だっと伝えたいのですが、頭を使い過ぎている人は、勘が鈍ってる可能性があります。

何でもそうなのですが、使わないと発達しない物です。

直感を磨く前に、まず考える事で「自分が何を求めているのか?」がハッキリすると対策の取り方も考えられます。

人それぞれに「考えすぎる」理由はあると思います。ここで一つ例を取ると「考える事で気持ちを安心させようとしている自分が居る」っと言う人が居るとします。そういう人はつまり、考えないと「不安」っと言う事が言えます。

すると、まず、考えすぎる事をどうにかする前に「不安」に思って居る事が何なのか?何があなたを不安にさせているか?が焦点を当てるポイントになります。

自分を不安にさせている要因が何なのかを突き止めない限り「頭で考える」事を止める事は出来ません。「悩んでいる事」には、必ず根本的原因があります。

まず、表に出ている問題を解決しようとするより、その問題行動を起こさせている、隠れている原因を探る必要があるのです。

「行動する事が怖い」から、あえて考えて「行動」をストップさせてしまう人も居るかもしれません。

その場合は、何故行動する事が怖いのか?が焦点を当てるポイントになります。何を恐れているのか?「失敗」か「損失」か「傷つく事」なのか?それは人それぞれですが

「怖い」っと言う感情は、貴方が「許せない」と思って居る気持ちが、貴方に跳ね返って「恐れ」になって出てきているだけなので「失敗が怖い」なら失敗する自分を許してあげる事「損失」が怖いなら「損失」の無い選択肢を探す事「傷つく事が怖い」なら「傷つく自分を許す事」が重要になってきます。

大体の囚われは「許せない」で構成されていますから「許しのワーク」をして自分を許す事が重要です。関連記事 自分を愛せない人へ。許しのワーク

考えすぎる原因を自分の中から見つけて「恐れや」「不安」で自分の行動が止まる事は無くしていきたい所です。

なんでもそうですが「案ずるより産むがやすし」っという言葉じゃないですが、行動した方がずっと「楽」っという事も十分にあります。


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