変わり続ける現代」カテゴリーアーカイブ

現実を生きる実感が持てないーネット依存ー

スマホ僕らは、肉体に宿ってこの世界を楽しむために生まれてきました。肉体を感じて「今、この時、この瞬間」に意識を置かないと生きている実感が持てなくなるようになっています。

昔の僕もそうだったのですが、目の前にある現実が受け入れられず、空想の中に生きるような時代がありました。道を歩いている時も、ボーっと意識が何処かへ行ってしまい、いつも今ここに居ない状態でした。

漫画家を目指していた時などは特にそれは顕著に表れて居て「紙の上で生きられればそれでいい」っと思っており、漫画を描いている時しか「生きている」っと実感が持てない時期がありました。

携帯が、出来た時からもう始まっていましたが、何もしない時間っと言うのに耐えられない人が多くなってきた様に感じます。電車の中でも少しでも暇になれば、直ぐにスマホをいじって画面の中に逃げ込むことが可能な時代です。

これが、この先人間にどういう影響を与えて行くのかは分かりませんが、スマホが無いと居られないっと言う人は、確実に増えてきているのだろうなっと思って居ます。

僕が時々目にして「首を傾げてしまう光景は」若い人がファミレスで、友達同士で集まって居るのに、皆が思い思いにスマホをいじって、全く会話が無いっと言う現象です。

友達と会いたくて会って、話をする為に集まったのだろうに、何故か会った友達とは話さず、スマホの中の人と会話する。

僕は、友達と会った時は、必要以上はスマホを見ないようにしています。せっかく会った友達に失礼じゃないかな?っと思うからです。実際、僕もせっかく会った友達に、何の会話もされる事なくスマホをいじられたら「何のために会ったんだろう?」っと少なからず疑問を抱いてしまうでしょう。

スマホは便利ですが、この様に仮想現実に簡単に入り込めてしまう機能のある物が、直ぐ傍にあると「今この時、この瞬間」を感じられなくなり、仮想現実でしか「生きている」っと感じられなくなる現象が起きてくるのでは無いだろうか?っと考えています。

それが、ネット依存なのかもしれません。

ネットは、やりすぎても「お金に困る」「体を壊す」っと言う事は無いかもしれません。(課金される物もありますが)無限に提供ができるツールなので、依存すると本当に、延々とネットに繋がってしまう事になるかもしれません。

その時、その人は一日に、肉体と現実をしっかり感じられる時間はどれくらいあるのでしょうか?

どんな物でもそうですが僕らが、精神的にも、肉体的にも健康で居る為には、全てが程々、位が丁度いいのかも知れません。


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やりたくない事を続けてしまう原因とは?

何のために働く
この世界で、やりたくない事をやらずに生きている人がどれだけ居るでしょうか?

僕達は、小さい頃から自分のやりたい、やりたくないに関わらず、何かをさせられて育って来ていいます。学校などで集団で行動する事を強いられて、皆と同じことをさせられて育って来ているので。小さい頃から全く自由奔放に生きている人は、そんなに居ないのでは無いでしょうか?

親には何かと「我慢しなさい!」「上手く行かないのが当たり前なの」っと言われて育って来ている為か、僕には自分の思い通りに望む人生を手に入れる力は、あまり無い様な気がします。

内面を変える能力は、変えなければいけない状況に追い込まれたせいで、得意になりましたが、自分の望む現実を手に入れる力には乏しいのが、今の僕の課題になっています。

自分の望む将来を引き寄せる事が上手い人は、未来のビジョンを描くのが上手い様です。

将来なりたい自分をリアルに思い描き、自分に良い現実を引き寄せるイメージをするそうですが、なぜか僕には自分の望む現実を想像する力があまりありません。

心のどこかで「どうせ上手く行くはずがない」っと未来を悲観的に考えてしまう癖がついています。これももしかしたら、内面にブロックがある為かもしれませんが、どうしても外すことが出来ず、悩んでいる所です。

見えないエネルギーの世界は「意味を付けた通りに動く」っと言う話を過去にしたことがあると思いますが、将来なりたい自分をイメージして、そのイメージ通りの現実を手にするっと言うのは、見えないエネルギーの世界に「良い意味を与える」っという意味では多分理にかなっていると思います。

これが出来ない人は、望む現実を手に入れると言うのは難しいのかもしれません

親の影響は強い物

働く 自由
親の教育と言うのは、凄く重要ですね「上手く行くわけが無い」「思い通りになる物では無い」っと言われ続けて育つと、本当に思い通りに行かない人生を送る事になってしまいます。

僕の親は「思い通りにならない事を教える」「我慢させることを教える」っと言う教育に全力を注いでしまいました。

これだけは正直僕も、かなりの影響を受けてしまったことを残念に思って居ます。人生を自分の望む通りに動かせない状態が続けば、必然的にやりたくない事を我慢してやらざるおえなくなります。

きっと、僕の母親も、祖父や祖母から、その様な教育を受けたのでしょう。

以前、テレビを見て思ったのですが、事業を起こして成功する人の親っと言うのは、事業を起こしている人が多い様に思います。会社に雇われる事で収入を得る事しか知らない親の元で育った子供は、独立して事業を起こすっと言う事には、リスクばっかりでメリットはないっと思う傾向にある様な気がします。つまり、会社に依存して生きる事が「一番安全」と信じて生きてしまうのです。

僕の親も、事業を起こして失敗した人の話をいっぱいしていました。独立するイコール「借金を沢山作って危険な人生」っと言うイメージが強く僕の中にはあります。

確かに事業を起こすのには、リスクが付きまとう物ですが、やっぱり独立している親の元で育った子供の方が「会社に依存しないでお金を稼ぐ」っという意識が、親の影響で受け継がれているのでは無いかと僕は思います。

過去に出会った人で、素敵な生き方をしている人が居ました。

インスピレーションの赴くまま、やりたい事を実行し、ネットで自分の作り上げた作品を売って、それをお金にして、また世界中を旅しながら、作品を作ったり、世界中の珍しい物を買い付けて、売ったりする生き方をしている人でした。正にアーティストと言う生き方ですが、僕はその生き方が素敵で憧れましたが、その彼女も両親が、芸術家の家系だったようです。

その様に考えると、親の生き方と言うのは、子供に大きく影響を与える物っと言わざるを得ないでしょう。

会社に依存してやりたくない事を続けるリスク

仕事 頑張らない
僕も根底に、会社に依存して生きる事が安全で、安定しているっと信じる感覚があるのですが、最近、会社で働いて居て、このままやりたくない事を続ける事にもリスクがある、っと言うのがチラつくようになってきてしまいました。

会社が「ずっと同じ条件で人を雇い続ける保証が無い」っと思う様な出来事ばかりが目立つようになってきてしまったのです。

良い会社っと言うのも、確かに存在しているとは思います。
しかし、お金をいっぱい貰えるイコール、仕事内容がキツくなるっと言うのは、どの仕事でもある事では無いでしょうか?

会社に依存して生きれば、会社の思い通りに使いまわされ、自分の自由な時間がどんどん無くなって行くっと言う事実と、会社の都合でコロコロ変わる決まりに不安になりながら勤めなければならないと言うリスクが付きまとう事がハッキリしてきています。

将来長い目で見て行くと、今の会社で年を取るまで働き続けたら「いずれ食えなくなる」っと言う流れになるのは必然的です。

僕がアフィリエイトと言う、会社以外の収入を得る道を考えた事は自然な考えと言えるでしょう。

やりたくない事を続ける事は、安定でも、安全でもなくリスクが付きまとう物なのかもしれません。

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働きたくないは自然な感情?ー自由な生き方を選ぶー

働きたくない
「働きたくない」そんな言葉は言ってはいけない。そんな風潮がどこか日本にはあります。

しかし好きでもない仕事に長時間拘束され、毎日身を粉にして働いて居ると「もう働きたくない」そう思う事は自然な事だと思います。

僕は小さい頃から、親や周りの人間から「働かない人間」がいかに「悪の根源」であるかと言い聞かされて来ました。

「ぷー太郎」「ルンペン」「怠け者」「ごくつぶし」

働かない人間をさげすむ様な言葉、差別する言葉は沢山思い浮かびます。

「あそこの旦那は働かず昼から酒を飲んでるらしい」

「あそこの家は、旦那が働いてないから借金に追われているらしい」

「あそこの家の息子は働かず昼からパチンコしてるらしい」

働いて居ない人間には何故か、酒、ギャンブル、借金、等のネガティブな言葉が付いて回るので余計に「働かない人間」=「悪の根源」みたいなイメージが強く刷り込まれています。

特に男性は働かないと本当に「悪人」のレッテルを貼られてしまいます。

しかし、酒、ギャンブル、借金に追われる働かない人達には、きっとその人にしか分からない辛い思いがあるはずです。

ただ、会社に勤めるっという社会の流れに順応する事ができす、ハブれてしまって「悪の根源」っと思われる自分を責めて居るかも知れません。

僕も、漫画でお金を稼げない時代は「自分は働いてないのと一緒だ!」と常に罪悪感でいっぱいになって居ました。

そんな時は何故か、決まった時間に起きれなくなり一日中眠り続けたり、気分が沈みこんだりして何もやる気にならなかったりして、良い作品も描けず、どんどんダメな自分を責めると言う、負のスパイラルに陥ってしまいました。

僕達がこの世に生まれた意味とは?
働きたくない

僕達は、働く為にこの世に生まれて来たのでしょうか?

働かない者を悪人に仕立て上げるのは、日本人を「身を粉にして」働かせるための一種の洗脳の様な物を僕は感じてなりません。

そもそも遠い祖先の人間の生き方はとてもシンプルだったはずです。自然と共に生き、太陽が昇るころ起きて、その日、食べる為だけの狩りを行い、それ以外の時間はみんな、思い思いに過ごして居たはずです。

勿論「働かない人達」を正当化しようと言うつもりはありません、働かない人の中には本当に悪い人も居るかもしれません。

しかし、僕が思うのは、人は自分の好きな事に関してなら、夢中になって働けるものなのでは無いかと言う事です。

多くの人が、お金の為に妥協で決めた会社に勤め、一ヶ月生活するだけのお給料を貰うのに、殆どの時間を捧げ「苦手なのに」「好きじゃないのに」「嫌なのに」そう思って居るのに、我慢して働き続ければ、当然心は悲鳴を上げるはずです。

「働きたくない!」っと

それは、悪い事でも何でもなくて、当然の事だと僕は思うのです。

皆が好きな事をしたら世界は回らない?
働きたくない

これは、また僕が小さい頃に言われた言葉ですが

「皆が好きな事をしたら世界は回らなくなる」

そう言われて、遠回しに好きな事を仕事にする事を、諦める様に言われた事が強く印象に残っています。

これにも、僕は疑問があります。

この世の中、本当に色々な人がいます。確かにサラリーマンになりたい人は、少なくなるかもしれませんが「お菓子を作るのが好きな人」「農作物を育てるのが好きな人」「カフェをやりたい人」「世界中を旅して皆に伝えたい人」「絵を描きたい人」「物を作るのが好きな人」「物を売るのが好きな人」「骨董品が好きな人」「車が好きな人」「電車が好きな人」「花が好きな人」「歌うのが好きな人」「体を動かすのが好きな人」「動きたくない人」「外に出たくない人」

皆の好きは千差万別だと思うのです。

神様はきっと、世の中がうまく回るように、皆に好きな事、得意な事を割り振ってるように思うのです。

だから本当に皆が自分の好きな事をしても、世界は回って行くんじゃないかと僕は思って居ます。

そう考えていると、何故か浮かび上がってくるのは、皆が好きな事をしだしたら困る人達が居るんじゃないか?事ですね、好きでもない仕事を我慢してやって頂かないと利益にならない人達です。

もしかしたら、そんな人達が、僕達に「身を粉にして、好きでもない仕事を我慢してやれ!」っと洗脳したのかもしれません。

憶測で何かを言ってもしょうがないですが。

皆が「好き」に進まなければならない時代が来るかも?
働かない

でも、僕達はそろそろ、嫌な事を我慢して仕事にする時代から、自分の好きに向かって勇気を持って歩み始めなければならない時代に突入するのでは無いかと思って居ます。

何故なら今、僕達人間が簡単に出来る単純労働は、コンピューターが人間に代わってする時代に突入してきているからです。

「AI」の進出によってコンピュータが自分で考えながら仕事をする事によって、僕達の出来る仕事はどんどん無くなって行くと言われています。

そうなった時、生き残れるのは、人間にしか生み出せないオリジナリティのある発想だけになるそうです。

これは、一体何を意味しているのか?

僕らが、自分らしく、自分を表現して生きて行かなければならない時代がもうすぐそこまで来ているっと取れるような気がしてならないのです。

我慢して、どこかの会社に使われる事が「安定した生活を手に入れる唯一の方法」と言う変な神話が崩れ去る時がもうすぐそこまで来て…っと言うより、もう来てますよね。

今、僕達がひと月、余裕で食べて行けるだけのお金を稼げる仕事がどれだけあるでしょうか?コンビニで働いても、居酒屋で働いても、介護をしても、出るお金は増えるばかりで、入ってくるお金は殆ど上がりません。

この事実はもう、会社に依存する時代の終わりを意味しているのでは無いでしょうか?

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