不思議な話」カテゴリーアーカイブ

自然霊や土地のエネルギーの話

自然霊昔、見えないエネルギーに敏感だった頃、東京で自転車に乗り自分の家から、赤塚方面に走った事がありました。

赤塚は東京では交通の不便な場所なのですが、神社仏閣が割と多い所で、僕はある一定の場所から、急に土地のエネルギーが変わるのを感じました。

その時「この場所は良い」っと感じたのですが。何というか東京都内としては自然が多く、まるで何処か田舎的な雰囲気がある場所だなっと感じました。

昔からあまり変わらない場所だと話に聞きましたが、土地のエネルギーが何か関係しているのか分かりませんが。今、僕の住んでいる場所と似ていると思いました。

僕の今住んでいる所も、街が大きく変化しないっと言う所は共通しているなっと感じます。僕は今の所に移り住んでから居心地が良いのか、あまり大きく外に出なくなりました。

行くとしたら、本当にたまに横浜か、何かイベントのある時、東京にちょこっと行くぐらいです。

他の人の話を聞くと、僕の今住んでいる所も、エネルギー的に重い場所もあるっと言う事でした。

僕は今の場所に移り住んでから、自分の「行きたい!」っと思う場所にしか出かけませんでしたが、それで土地のエネルギーが「悪い」っと思った事は、一度も無かったです。

所が初めて個展を開いた時、お客さんで来た人が「このお寺に、是非行って欲しい!」っと勧めてきたお寺がありました。

そのお寺の事は、僕は全く知らなかったのですが、結構大きなお寺で、観光地としては有名な所だったようです。僕は行った事の無いお寺だったので、ワクワクしてそのお寺へ行って見たのですが。そのお寺で祀られている、地蔵菩薩のあるお堂に入った途端、急にエネルギー的な気持ち悪さを感じ

「ココには居られない!」

っと感じ、直ぐにお寺の外に出ました。

「このお寺は何かある」

っと何となく思って、帰ってから色々調べてみると、どうも昔「処刑場」のある所だったっと言う事でした。

「なるほど…」

っと思いました。

このお寺は「処刑」された恨みが残っている魂を、沢山のお坊さんで「封じ込めてる」場所だっと後になって思いました。

その時僕は、今住んでいる場所では、自分が「行きたい」っと思った場所以外の所には行かない方が良いと学びました。歴史ある場所なので、歴史の闇がある場所も沢山あるのだと分かりました。

今、行ったら何も感じないかもしれませんが、それ以降からそのお寺に行く事は無くなりました。話に聞くと「あのお寺はダメ」っと言う人と「好き」っと言う人と別れる所の様です。

埋め立てられた土地のエネルギー

夢の島東京は面白い場所だなっと思うのですが、場所によって土地のエネルギーが大きく違います。

昔、植物園に行こうと思い、夢の島方面に行った事があるのですが、埋め立てられて新しく出来た土地のせいなのか、何と言うか土地に力を感じず「寂しい」っと思うと言うか、何かが足りないっと感じる所でした。

建物や駅は凄く綺麗で新しいのに、何処か閑散として見える印象を受けました。

その時、僕は「ああ、この土地には神様が居ない」っと思いました。漠然とそう思っただけなのですが、何故そう思うのかは、僕の中ではハッキリしませんが、とにかく新しくて綺麗なのに、閑散として寂しいっと言う印象が強く残っています。

この様に東京は「居心地が良い」っと感じる場所と、来ただけで「何か寂しい」っと感じる所があります。

僕は今の場所に移り住んでから、少しエネルギー慣れしてしまい、この場所の良さを忘れがちになりますが、たまに友達の家に遊びに行こうと、横浜方面に行くことがあるのですが

その友達の家に一日居ただけで、肩がズーンっと重くなってしまうっと言う事がありました。

その時、自分の波動が落ちないように石もしっかり持って居たのですが「土地のエネルギーも関係してるのか?」っと感じました。単純に住んでいる人が多いせいっと言う事もあるかも知れませんが、何故そうなるのかはハッキリ分かりません。

自然霊が息づく場所

八重山諸島不思議な場所の話っと言うと天河に行った時の話がありますが、あの場所も何か不思議な力が息づいている場所だっと感じたのですが。

僕が「ココは自然が生きている!」っと感じたのは、八重山諸島に行った時です。

とにかく人間より、自然の力の方が強い場所だと感じました。なので自然をなめて危険な事をすれば「命を取られる所」っと感じました。

綺麗なんだけど、自然に「敬愛」する心が必要のある場所だと感じたのです。

でも「自然の神様」に気に入られると、とても楽しい所です。向こうは天候が悪いと船が止まって何処にも行けなくなってしまいます。運の悪い人だと、せっかく来ても一日も外に出られないっと言う事がある場所です。

所が、僕の行く所、行く所、運良く全て晴れました。晴れがくっついて来てるっと言う印象です。曇って雨が降ったのは、帰りの飛行機に乗る時だけです。

西表島に行ったときは、バスに乗って居たのですが「スコール」が珍しく感じ、バスにザーッと雨が強く降って来た時、何故か僕は「スコールを間近で体験したいなー」っと感じました。

するとバスから降りて、船着き場に行こうとしたその場所に「スコール」がドザーっと降った事を思い出します。「おーリクエストに応えてくれた!」っとその時は大喜びしました。

ホテルで夜、眠りにつこうとベッドを見た時、三つの強い光の様な物が現れて消えたのを覚えて居ます。「何なのか?」は今でも良く分かりませんが「何かが会いに来た」っと感じました。

この様に、自然とお友達になって、仲良く出来たらとても楽しいと感じる所だなっと思います。

小さい頃の僕は、田舎で育った時よく「風と戯れて遊んで居ました」今、思うと変な事をしていた子供だったと思いますが「風よ吹けー」っと心で思うと、思った通りの所を「フワっ」と風が吹くのです。それが楽しくて、小さい頃は一人で良く「風」と遊んで居たのを思い出します。

その頃の事を、思い出す感覚のある場所だったなーっと八重山諸島の事は思って居ます。

離島は自然が綺麗で良い所ですが、住みやすさを考えるとやはり今の場所が一番僕には合って居るのだと思います。

八重山諸島も、もしまた行ける事があったら行ってみたい場所の一つです。


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疲れるは、憑かれる!?憑依の話。

憑依
あなたは、幽霊を信じますか?

あんまり脅かすような事を書きたくは無いのですが、今日は何でだか、思いついたので「憑依」の話でもしようかなーっと思います。

「憑依」とは幽霊に憑りつかれる事ですが、疲れている人が皆、憑かれているっと言う話では無いです。(笑)

昔、僕は自分の内面を見ながら自己浄化を進めて居た時、何体か憑依があった事がありました。内面にネガティブな所があって、それに同調する霊体を引き寄せてしまって居たわけです。

それが自分と同化して「思って居る事」「考えている事」に影響していたのですが

分かりやすく言うと例えば「鬱っぽくって死にたい」っと思って居る人が居るとして、その人の出す波長が「鬱で死んだ(自殺?)霊体」を引き寄せたとします。その霊体が意識に入り込むと「死にたい」気持ちが強くなったり、頭の中で「死のう、死のう」っと言って来たりするっと言う事があります。

昔の僕は、当然頭の中はノイズだらけで、常に頭の中で声がして話し続けて居る状態でした。気持ちも長い事沈みまくりで全然元気になれません。

自己浄化で内面が綺麗になって、そういう霊と同調しなくなり、出て行ったり、浄化されたりすると「こう考えていた」「こう思って居た」のは自分では無かったのか!っと気付く事があります。

そして、意識に入り込んだ霊体は当然出て行きたくないので、良く自己浄化の邪魔をします。例えば「あの石を持とう!」っと思い立って石を持とうとすると「石が持てずに放り投げられたり」自己浄化に必要な情報をあえて見させないようにしたり、そんな悪さをします。

僕の経験上では、結構、意識に別の意識体が入り込んで「それを自分だと勘違いしている人」は良く見ます。

あまり気持ちの良くない「心霊体験」をよくする方は、そういう霊体と同調してるっと思ったほうが良いです。あんまり霊を引き寄せたくなければ、波長を高める努力をした方が良いでしょう。

自己浄化が進み、内面がクリアになれば「心霊体験」っと言うのは殆ど、っというか全然なくなります。

20代の頃、病院の近くにあったマンションに住んでた時は、視界に白い服を着た人がスーッと通り過ぎたり、金縛りにあったり色々ありましたが、今は怖いと思った霊体験は全く無いです。

怖い夢を見る時はたまにありますが…

憑依を排除しようとする事は間違い?

憑依
よく、テレビなんかで霊能力のある人が、除霊する番組などがありますが「憑依が嫌だから」「幽霊が怖いから」と言って、除霊してどっかに追い出したり、入ってこないようにバリアを張ったりするのは、実はあんまり意味がありません。

何故なら、その人自身に引き寄せる「要因」があるのです。一時追い出したところで、直ぐにまた似たような霊体を引き寄せるのは簡単に予測できますよね。

僕の大好きな石達にも、霊を引き寄せないようにする力のある石達があります。「モリオン」とか「ザキマウンテン」「エジリン」なんかがとても良い石ですが、僕がその当時、それらの石を持って「一時的」に体や心が楽になっても、また直ぐに苦しくなる事がありました。

何でかと言うと、霊は排除出来ても、結局その霊を排除しようとすると言う事は、引き寄せている自分も排除する事に繋がるからです。

僕らの内側は、外側であり、外側は、内側です。その中であなたが、一つでも愛せない所があると言う事は、愛して貰えない自分が居ると言う事なのです。

難しいですかね。

外の世界はあなたの内面を映し出す鏡です。つまり、鏡に映っている自分を、気に入らないからと言って排除しようとするっと言う事は、自分自身を気に入らず排除する事に繋がるのです。

なので、幽霊が怖いから排除しようとするのであれば、それよりも引き寄せている要因を突き止め、許せない自分を許し、認め、愛に戻す事で、自動的に霊は離れて行きます。涙を流しながら一緒に浄化される場合もあります。

言葉で言いにくい、自己浄化

無条件の愛
昔の僕は、必死で、生きて行くために「自己浄化」を進めましたが。

自己浄化で、自分の内面がクリアになって行くと「大きな気付き」がある事があります。「そうだったのか!」っと分かる事があると、とても面白いです。

もう、十年以上前の事なので、忘れてしまっている事も多いですが、その時は本当に自分の概念が覆されるような発見が次々とあって、あの頃は、あの頃で楽しかったかなーっと思ってます。

感覚的な事ばかりなので、言葉にするのが難しいのですが。

怪しげに聞こえる話も多いかもしれませんが、僕は自分が経験した事を元にしてしか書いて居ませんので、僕にとってはこれが「真実」です。

見えないエネルギーの世界を否定する人は、それでも良いと思います。受け入れる準備の整った人だけが、発見する特殊な世界なのかもしれません。

もし、今の自分を変えたい、楽になりたいっと思うなら、やってみるのも一つの選択だとは思います。

関連記事 自分を愛せない人へ。許しのワーク


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日本の不思議な場所 天河神社体験談

貴方は、天河っという所をご存知ですか?僕は一回しか言った事の無い所ですが、とても不思議な所だったなっと印象に残っています。話によると、天河は行きたくても行けない人が居る所で、行ける人は選ばれていると言います。

見えない物を信じない人には、どの様に感じる話か分かりませんが、これから話す話は、僕の実体験です。

僕は30代前半の頃、霊感がMAXだった時があります。

ちなみに僕は「見える」人では無くて「感じる」人でした。悪い物が近づいてくると体に痛みが走るっと言う厄介な状態だったのですが、その時、知り合った友達の中に非常に霊感の強い女の子が居ました。その子は直感も鋭いし、少し見えるタイプの子の様でした。

わがままでちょっと癖のある子でしたが、純粋で可愛い子でした。当時の僕はその子が苦手でしたが、もう一人のFTMの友達が居て、彼を介して仲良くする関係でした。

僕は29歳の時、霊感が開きすぎて、一度倒れて病院に入院したことがあるのですが。それで閉じたと思って安心していた、霊感がまた開き始め「また始まった!」っと「恐れ」を多少感じて居ました。

多分悪霊的な物だとは思って居ましたが、肩や背中にゾワーっと冷たい痛みを感じ始めた時は、そこに変な意味を与えないようにして対処していました。

僕が2回目の霊感が開いた時、仲の良かったFTMの友達と、その女の子の3人で飲みに出かけた事があったのですが。その時、彼女は何故か突然「天河神社に行く」っと言いだし年末に3人で天河神社に行くことになってしまったのです。

天河神社や天河がどんな所なのか僕は全く知りませんでしたが「見えない霊的な物が本当に居るんだな」って思う様な不思議な所でした。天河では体が痛くなることは無かったのですが「何かいる」っと言うのは霊感が無くても分かる所でした。

天河
当時の天河の写真です。

本当に年を越すっと言う様な状態で、彼女の用意してくれた宿に泊まって数日を過ごしたのですが、早朝に彼女に起こされて天河神社にお参りに行くことになって、神社に向かうと、とにかくラップ音が凄くて、僕達3人しか居ない天河神社の中で「パキン・ポコン・ピッシ・パキン」っとずっとラップ音が鳴ってる状態でした。彼女は何か見えている様でしたが、僕には音しか分かりませんでした。

その当時の僕は、まだ情緒が不安定な所があって3人で行動している内に、無性に一人になりたくなって、二人から距離を取って一人で天河の森を静かに歩いて居ました。

天河

今まで辛かった事などが急に湧き上がって来て辛くなり、一本の木に抱き着いて泣きたい気持ちを堪えていると、突然後ろから「ポコン」っと大きな音が鳴ってビックリして振り返ると、そこには何もありませんでした。

「あー。慰められたのかな」っと思ってその場を後にしました。

一人で散歩をしている内に気持ちが楽になって、二人の所に戻ると彼女が僕の姿を見て「なんかオーラがでっかくなった」っと言って驚いていました。

その後、神事に参加したり、夜に焚火を眺めてたりして思い思いに過ごしましたが

最後の日、帰る事になってバスに乗ろうとして居た時、彼女が最後の挨拶なのか手を合わせ、森に静かに祈りを捧げました。それが終わると、突然森の中に風が巻き起こり、雪の積もっていた木から雪が全部舞い落ちるっと言う現象が起こりました。

その現象にちょっとビックリしましたが、彼女は何度も一人で天河神社に行っている様なので、神様に気に入られて居たのかもしれません。

彼女は天河神社で祝詞の書いてある書き物を買ったようでした。

帰りの電車の中で疲れて目を閉じていると、チカチカと視界に光が走るのを感じて目を開けて見てみると、彼女が遊び半分で祝詞を電車の中で唱えて居ました。電車の中で祝詞を唱えないように注意をしたのですが、無邪気な彼女はかなり楽しんでいる様でした。

その後、奈良か京都、思い出せませんが、お寺や神社を回ったような気がします。

帰りの駅中で、また肩が痛み始め、痛みがまた来たなーっと思って居ると彼女が

「肩に何か黒い物が居るよ」

っと言ってくるので、意味を与えたくない僕は、ちょっと起こり気味で返事をしました。

帰りは高速バスで帰ったのですが、不思議な場所に行ったおかげか、体の中心を流れるエネルギーが非常に強い状態になり、一緒にバスに乗っていたお客さん達のかなり人が「嘔吐していました」

写真のデータを見ると九年前の話の様です。年末に近づいて来たので、何となく思い出してしまったのかもしれません。天河神社は弁天様が祀られている様で、音楽に関係した有名人がこっそり来てるスポットみたいです。

本当はもっと不思議な事が色々あったんですが、ちょっと他の事は感覚的過ぎて言葉で言い表せる範囲はココまでです。

当時の僕は、あまり気乗りしない場所だっと思って居ましたが。

今になってみると、機会があったらまた天河神社に行って見たいような気がしています。

天河