愛情の「情」は錠前の「錠」?ー愛と愛情の違いー

愛情昔、ヒーリングの先生が、セミナーに来た親子に対してこんな事を言って居ました。

「愛情」の「情」は錠前の「錠」で相手を縛り付けてしまうエネルギーになる…と。

以前のブログ記事で、僕は会社の同僚から「薄情」だっと言われたっと言う話をしたと思うのですが、スピリチュアルな浄化が進むと「情」では動かなくなるようになります。「全ての物事を淡々と見る」様になって来るからです。

それは「死」は全ての終わりではない事が分かるようになってくるのもありますが

この世界に生きている人達には「自由意志」と言う物があり、本人が心から「変化を望む」事をしなければ、僕らがどんなに望んでも何も手を出す事が出来ない、っという事を分かるようになってくるからです。

「愛」とは「ありのまま」のその人を「それで良し」っと受け入れる事です。例えその人が僕らから見ると「苦労するかもしれない」っと思う方向に進んだとしても、そこにはその人にとっての必要な学びがあるからです。

「情」っと言うのは「可哀想」とか「放って置けない」とか「気の毒」など「相手」に対してネガティブな意味を付けるエネルギーです。しかしその問題に向き合っている、その本人は自分の事を「可哀想な人間だ」とか「放って置けない程何もできない自分」だとか「気の毒」とは思って居ない筈です。

この世界は因果の上において起きる現象によって出来ています。「自分で蒔いた種は自分で刈り取る」ように出来ています。そこには複雑な囚われや、前世における「カルマ」など色々な物が入り組んでいます。

どんなに「可哀想」と思う現象においても、そこにはその人が乗り越えるべき「課題」があり、起こるべくして起きているのです。

一見厳しい様に聞こえますが

もし、その人を「助けたい」っと思うのであれば「可哀想」とか「気の毒」っと言う意味を与えずただ「助ければ良いのです」

その人に対し「可哀想な人」「放って置けない人」「気の毒な人」っと意味を付けた時から、その人は自分の事を「自分は可哀想だったのか」「自分一人では何もできない放って置けない人間だったのか」「気の毒な人間だったのか」っと思ってしまい。「自分で乗り越えられるはずの課題」を乗り越えられない物にしてしまいます。

「情」っと言うのはその様に相手を縛り付けてしまうエネルギーなのです。

ヒーリングにおいての視点

ヒーリングヒーリングにおいては、特に情を入れないで行う事を先生から伝えられることが多いです。ヒーリングとは見えないエネルギーで、人を癒す技術ですが。

流れるエネルギーを「ありのまま感じ」人を癒していきます。

ヒーリングで相手を癒すとき、決して相手を「可哀想」とか「治してあげたい」っと思ってはいけないっと言われます。その様な「情」がネガティブなエネルギーの影響を受けてしまう原因になる事もあるのですが。

結局の所「癒されるか」「癒されないか」を決めるのはヒーラー側ではなくヒーリングを受ける人の「魂」が決める事だからです。

その人に付いてる「ハイヤーセルフ・高次元の自分」がその人に気付いて欲しい事があり「問題」を起こしている場合があります。

その場合、例えヒーリングで一時的に癒されたとしても、また同じ事を繰り返す事がある。っとヒーリングの伝授を受けた先生からも言われた事がありました。

情を手放す事は「その人を信じる事」

情「情」と言うのは、あれこれ相手を縛り付けてしまうエネルギーだと言いましたが「情」を手放すっと言う事は、相手に対して「自分で乗り越える事が出来る」っと信じてあげる事です。

これもヒーリングの先生が言って居た事ですが、その人に与えられる「問題」や「課題」は自分の力で乗り越えられない物は与えられることは無いっと言う事でした。

ただ「周囲の人がマイナスなイメージを与えてしまう事」で「1」で乗り越えられることが「9」のネガティブなイメージが上乗せされて「10」のエネルギーを使わないと乗り越えられなくなってしまうっと言う事でした。

情を挟まずに相手を見るっと言う事は「私が助けなければこの人はダメだ」っと思うのではなく「この人は私が居なくても自分で乗り越えられる、大丈夫」っと信じてポジティブなイメージを与える事に繋がるでしょう。

ネガティブ、ポジティブが良い悪いではありませんが「情」で相手の重荷になる様なエネルギーを与えるよりは「相手を信じる」っと言う事で相手を自由に動けるように、エネルギーを軽くしてあげる事は大事なのかもしれません。

色々言いましたが

ハイヤーセルフこの記事を見て貴方は「そうか、情はダメなのか」「可哀想」と思ってはいけないのか。っと思ってしまったかもしれません。

しかし、そこでジャッジしてしまうと「囚われ」がまた一つ増えてしまいますので「悪い事」「してはいけない事」とは思わないで下さい。

確かに、情は相手のエネルギーを縛り付けて重くしてしまう行為ですが、その行為自体は「良い事」でも「悪い事」でもありません。

出来ない事を、無理にする必要は無いのです。スピリチュアル的「気付き」や「浄化」が進むと、自然と情をかけなくなるっと言うだけです。

世の中には「情で縛られたい」「縛りたい」っと言う人も居るでしょう。そこにはその人の学びがあるので、何か問題があれば、貴方のハイヤーセルフが「問題」を提示してくれるでしょう。

それすらも自由意志なのです。

自己浄化が進むと「えー?これも手放さなきゃいけないの?」っと躊躇してしまう事も出て来るかも知れません、僕も「良い事」っと信じていて、手放すのを躊躇った「囚われ」もありました。

時が来れば、自然と受け入れられるようになります。ジャッジせずただ「ありのまま」の貴方で居てください。


人気ブログランキング